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藤井誠二『贖罪 殺人は償えるのか』(集英社新書)
を森 達也さんが読む
僕と藤井は天敵同士だ

[本を読む]

僕と藤井は天敵同士だ

 本作の著者である藤井誠二と僕は天敵同士だ。TBSのラジオ番組に出演したときには本番中なのに互いにエキサイトしてついに殴り合いになってしまったことがある。
 なぜ仲が悪いのか。死刑制度についての考えが真逆だからだ。僕は死刑制度を廃止すべきと思っている。そしてずっと犯罪被害者や被害者遺族の側で取材を続けてきた藤井は死刑容認派だ。つまり水と油。仲良くなれるはずがない。
 その藤井が犯罪加害者をテーマに書いた。読むに値するのか。どうせ罵詈雑言ばりぞうごんを書き連ねているだけじゃないのか。そう思いながら数ページを読み進め、僕は膝をただす。
 真摯なのだ。
 そう書くと、藤井がいつもは傲岸不遜ごうがんふそんであるかのように受け取られるかもしれない。仕方がない。白状しよう。藤井は常に真摯だ。ただし今回の真摯さはこれまでとは少し違う。極度の緊張が一本の糸のように張りつめている。理由は明らかだ。藤井と手紙のやりとりを続ける犯罪加害者の水原綋治(仮名)が、さらに(求道的なほどに)真摯なのだ。
 被害者や遺族の側に立ってきた藤井は水原の真摯さに強く共鳴しながらも、時には混乱し、時には共に悩む。反省と贖罪しょくざいは何が違うのか。謝罪と償いはどのように使い分けるべきなのか。更生は誰のためか。加害者は幸せを求めてよいのか。遺族から贖罪を拒否されたらどうすべきなのか。自分は加害した側であるという意識を常に自らに刻み続ける水原は問う。
「藤井さん、笑うことは罪でしょうか」
 これに対する藤井の答えは書かれていない。だから読みながら想像する。考える。自分も二人の煩悶はんもんに参加する。つまり本書を読むことはただの読書体験では終わらない。水原は最後にこう綴る。
「したことを思えば自分がこうして生きていることに疑問を覚えますが、生かされていることを理解し、少しでもまともになりたい、善くありたいと思うのです」
 読み終えて思う。久しぶりに藤井と飲みたい。酔ってまた殴り合いになるかもしれないけれど、今はしみじみとそう思う。

森達也

もり・たつや●映画監督、作家

『贖罪 殺人は償えるのか』

藤井誠二 著

発売中・集英社新書

定価1,210円(税込)

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