[本を読む]
働くことが嫌な全てのひとに
経営学から本気のヒント
「趣味やプライベートにもっと時間を割きたい」「成長ばかり求める社会に嫌気が差した」「働きたくないが金は欲しい」ここ数年、世間でよく耳にする悩みを集約すると右のようになるだろう。だがそれでも僕たちは働かない訳にはいかない。一体どうすればいいのだろうか。そのための解答例を示し、ヒントを授けてくれるのが本書である。著者はマッチングアプリや転売など、幅広い研究で知られる異端の経営学者。
紹介されるのは、収益と生活のバランスをとれるような仕事のあり方「そこそこ起業(ライフスタイル起業)」である。起業すると、取引先や従業員、顧客らの網の目の中で、成長を求められ続け、やがて疲弊してしまうことがある。本来はやりたいことや理想を追い求めて起業したのに、全くの逆効果だ。だが本書で紹介される起業家たちは、そのバランスを維持することに成功している。例えば、沖縄で活躍し続けるインディーズバンド、趣味とその仲間たちを軸に展開するマウンテンバイクショップや同人誌、大手が扱わない隙間空間を狙う広告ビジネス、参道の近くで千年以上も営業する和菓子屋、小説を紹介する TikToker など。
彼らは過剰な利益を求めず、自分の理想や私生活を守りながら、堅実に「そこそこの」成果を上げている。彼らのビジネスや生活スタイルについてインタビューしながら、経営学の論文を補助線にして汎用性の高いヒントへと昇華していくのが本書の骨子だ。
経営学の読み物としてもノンフィクションとしても抜群に面白い。だがそれ以上に、自分の心身や財産、家族やパートナー、友人ら、そして社会を大切に、そして持続可能に生きていくために、そこそこの生き方はどうか、という時代を刷新しうる思想書の面を持つ。しかもただの精神論ではなく、経営学に裏打ちされた確かなものだ。だから起業家だけではなく、会社員にもそれ以外の人にも読んでほしい。仕事、趣味、人間関係など全てをそこそこに、総和で幸せになれればいい。我々は幸福観の曲がり角に立っている。
渡辺祐真
わたなべ・すけざね●文筆家