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ピーター・ゼイハン 著/山田美明・長尾莉紗 訳『「世界の終わり」の地政学 野蛮化する経済の悲劇を読む』上・下(シリーズ・コモン)
を白井 聡さんが読む
脱グローバル化の衝撃。
現代の最重要の問題に向き合う。

[本を読む]

脱グローバル化の衝撃。
現代の最重要の問題に向き合う。

 今日蔓延する不安の正体は何だろうか。ウクライナ紛争に、ガザ攻撃、台湾有事の可能性……。国内ではうち続く実質所得の低下、政治の腐敗と閉塞。かつ、この混乱と衰退はこれまで経験したような一過性のものではなく、何か根本的で抗しようのないものなのではないか、という感覚がある。
 その中核に少子化による人口減少がある。ほぼすべての先進国で出生率は人口置換水準を下回り、東アジア圏においては一層顕著だ。ゆえに、例えば日本で政権交代が起こり、少子化対策が大幅に拡充されたとしても、諸外国の事例から推察するに、人口減少の傾向を反転させることは難しい。田舎では耕作放棄地に野生動物が跋扈ばっこし、インフラは崩壊寸前、大都市部にあっても路線バスの減便まで生じている。労働力不足は日常生活をすでに脅かしている。
 ゼイハンがこれからの世界を決める要因として挙げるのは、この少子化と米軍の世界的展開からの撤退である。この二つの要因が経済に与える多面的影響を本書は縦横に描き出す。
 著者いわく、第二次世界大戦後の世界経済の目覚ましい発展は、米国の軍事力が自由で安全な通商・貿易を保証してきたことによって可能になった。とりわけ、1990年代以降のグローバル化の時代における立ち遅れていた国々の工業化による世界経済の発展こそ、米国の提供した「秩序」による成果であった、という。
 だが、トランプの思考に典型的に表れたように、米国は超大国の座を降りようとしている。そうなれば、「秩序」が可能にした世界中に張り巡らされたサプライチェーンは持続できなくなり、世界経済は寸断される。この寸断と労働力不足による資本と労働力の適正な配置の困難化が相俟あいまって、生活水準の低下とさらには飢饉の発生も考えられる、という。
「秩序」の成果を描く筆致に米国人らしい恩着せがましさを感じないわけではない。とはいえ、本書は現代の最重要の問題、不安の源泉に正面から向き合っている。正真正銘の力作である。

白井 聡

しらい・さとし●政治学、社会思想研究者

〈シリーズ・コモン〉
『「世界の終わり」の地政学 野蛮化する経済の悲劇を読む』上・下

ピーター・ゼイハン 著/山田美明 訳(上)/長尾莉紗 訳(下)

7月26日発売・単行本

上・定価1,980円(税込)

下・定価2,200円(税込)

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