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巻頭インタビュー/本文を読む

結城真一郎『難問の多い料理店』
「今」だから書けるこの世界に、僕自身がワクワクしています

[巻頭インタビュー]

「今」だから書けるこの世界に、
僕自身がワクワクしています

第七四回日本推理作家協会賞受賞作を含む短編集『#真相をお話しします』が二〇万部突破の大ヒットを記録し、若手最注目のミステリー作家となった結城真一郎さん。二年ぶりとなる待望の最新刊『難問の多い料理店』は、フードデリバリー専門レストランのオーナーシェフが探偵役、配達員が助手役を務める全六編の連作短編集だ。ミステリーとして充実の完成度を誇りながら、ワンシチュエーションでここまでバリエーション豊富な物語を作れるものなのか、と驚くエンタメになっている。

聞き手・構成=吉田大助/撮影=露木聡子

――『難問の多い料理店』は初連載かつ連作短編に初めて挑んだ作品であり、デビュー版元以外から出す初めての本ですよね。しかも集英社ということで、もしかしたら「ジャンプ」ブランドへの競争心も働いたのではないかと想像してしまうくらい、エンタメ度合いがグッと上昇していると感じました。

 作家として新しい面を見せたいと思っていましたし、集英社さんで出すからには「ジャンプ」っぽさというか、エンターテインメントに寄せていく意識を持たなければとも思っていました。今のようにおっしゃっていただけて、ひと安心しました(笑)。

―― とにかく、舞台設定が素晴らしいんです。舞台は東京・六本木の雑居ビル内にある、フードデリバリー専門の「ゴーストレストラン兼探偵屋」。探偵役であるものの店を一人で切り盛りしなければいけない超絶美形のシェフは、案件ごとに配達員に高額報酬を支払って探偵の助手役に仕立て上げ、自分の代わりに依頼人の相談内容を聴取させる。デリバリーされたその情報をもとに鮮やかすぎる名推理を働かせ……。名探偵が動けない「安楽椅子探偵もの」を令和でやるならばこれだ、というアンサーを突きつけられました。発想の出発点はどこからだったのでしょうか?

 これは前の本(『#真相をお話しします』)を作る時に強く意識したことなんですが、江戸川乱歩や鮎川哲也といった往年のミステリー作家には書けないものを書きたい、そうであるならば当時にはなくて今はある、現代社会のガジェットを押し出していけばいいと思ったんです。その流れを受けて、しかも連作に堪たえ得るいいガジェットとかモチーフはないかなと探していた時に、ウーバーイーツ的なフードデリバリーの配達員はどうかな、と。玄関先での配達員とお客さんとの交流って、これまでの時代では生じ得なかった人生が交わる瞬間だなと思っていたんですよ。配達員の存在は馴染み深いものであるけれども、実際にどんな仕組みで働いているのかは分からない、「謎」を感じさせる存在でもあるなと思っていたんです。そんな興味から派生して「ゴーストレストラン」というデリバリー専門店の存在を知り、詳しく調べていくうちに、シェフと配達員の関係を使えば安楽椅子探偵ができるじゃないか、となっていったんです。

―― ミステリーの構造に着想ががっちりハマった……いや、ハメていったわけですね。舞台設定を整えるうえで、特に心を砕いたポイントはどんなところですか?

 店のシステムの部分です。例えば、アプリ上はタイ料理、中華、カレーなど別個に登録された三〇を超えるお店の料理が、実は全て同一の調理場で作られている。この状況自体は現実にもあるものなんですが、このお店には隠しコマンドが用意されていて、四つの店の「ナッツ盛り合わせ、雑煮、トムヤムクン、きな粉餅」という四品が同時に注文された場合は、探偵業務の依頼を意味する。知る人ぞ知る、この仕組みを知っているからこそ頼める四品をうまく選べたと思います(笑)。なおかつ、真相が判明したところで法外な値段の特別メニューが追加される。それを依頼人が注文し、配達員が報告資料を届けたところで、その料金が成功報酬としてシェフの懐に入る……と。こんなお店は九九%あり得ないけれど、一〇〇%ないとは言い切れない、と感じてもらえる仕組みを作れるかどうか。この形なら行けるという確信を得てからは、勢いに乗って書いていくことができました。

歯応えのある謎でなければ
舞台設定自体が成立しない

――『難問の多い料理店』というタイトル通り、店に届けられる依頼はいずれも難問、不可思議で不可解に思われる謎です。第一話「転んでもただでは起きないふわ玉豆苗スープ事件」で扱われているのは、火事で焼け落ちたアパートから若い女性の焼死体が発見された事件。火事で燃え上がるアパートの中に、「ざまあみろ」とつぶやいて入っていった女が目撃されていたんですね。依頼人は焼死体の元交際相手である男性の、父親です。事件に巻き込まれた息子のためにも真相を明らかにしたい、と言うんです。ストーリーの構成上非常に面白いなと思ったのは、最初の二ページで燃えるアパートに入っていく女目線から謎の根幹がデッサンされている点です。謎の魅力で読者を引き込む、という意図がおありだったんでしょうか?

 一発で興味を摑めるような、ヘンであり異常でもありという事件を冒頭に置いておかなければ、現代の読者さんはなかなか先を読もうとしてくれないのではと思うんです。いくら「見た目は地味だけど、食べればおいしいよ」と言われても、味わうところまで辿り着かないですよね。“映え”はめちゃくちゃ大事です(笑)。

―― 本作は連作シリーズですから、第一話はコース料理でいうところの前菜、軽めの仕上がりかと思いきや……謎が二転三転、がっつり濃厚です。

 一話目のクオリティや空気感で、二話目以降も読み続けてもらえるかどうかが決まると思っていました。そもそもオーダーを出した時点で、依頼人は手付金として一〇万円を払っているんですよね。その値段を払ってお願いするような謎が簡単に解けてしまったら、払うまでもなかったねとなってしまうじゃないですか。歯応えのある魅力的な謎でなければ、この舞台設定自体が成立しないんです。ゴーストレストランという舞台設定はちょっと浮世離れして見えるし、配達員である「僕」の語り口はちょっと軽い感じではあるんですが、内容自体は現実にしっかりと根付いた、ミステリーとして満足感のある仕上がりを目指したつもりです。一話目にふさわしい内容になったなと思いましたし、この一編は『本格王』というアンソロジー(※本格ミステリ作家クラブによる年間ベスト短編アンソロジー『本格王2023』)に選出されたんです。プロの方々から評価をいただけたことは、書き継いでいくうえでの自信になりました。

―― シェフの名探偵っぷりも痛快でした。事件絡みの追加の情報収集を大学生の「僕」に依頼し、そこで新たに得た情報をもとにして、颯爽と事件の真相を言い当てるんです。

 真相パートでは、読者さんに「自分でも解けたはずなのになあ……」という悔しさよりも、「あっ、そういうことか!」と一気に視界が開ける感覚を味わってもらうことを目指して書いていました。もう一つ意識していたのは、ここは探偵屋ではあるけど、大前提としてレストランなんですね。店としての一番大事な仕事は、「客の空腹を満たす」こと。それは探偵の業務でも同じで、真相は依頼人が満足できるものであれば良くて、唯一の絶対的な真相である必要はないんです。このヒネりを加えたことが、個人的にはこの連作にとって大きな一手だったなと思っています。

フードデリバリーの
仕組みを謎に反映する

―― 第二話「おしどり夫婦のガリバタチキンスープ事件」でフィーチャーされているのは、指が二本欠損した状態で亡くなった男を巡る謎です。男は交通事故で亡くなったんですが、遺体を見たことで妻は初めて、夫の指が欠損していたことに気付きます。なぜ欠損したのか、その理由を知りたいと妻は店に依頼します。

 ある時ふと、「首無し死体」ではなく「指無し死体」があったらどうだろう、と。第一話の時もそうだったんですが、「何かこれ面白そうじゃない?」とか「こんなことが起きたらやばくない?」という謎を思い付くところから、構想をスタートさせることが多いんですよね。謎がどれだけ面白いものであるかが一番大事だと思っていて、どうやったらその謎を説明できるだろうと考えていくうちに、解決のロジックが生まれるしストーリーもできていくんです。

―― 第二話を読み始めて驚いたのは、第一話とは配達員=語り手が変わっていたことでした。第二話の配達員=語り手は、夫婦仲が冷え切った四〇代半ばの男性なんです。その後も、各話ごとに配達員が変わる形式を選んだ理由とは?

 一人に固定するやり方もできなくはなかったと思うんですが、店と配達員をマッチングするというフードデリバリーサービスの仕組み上、一つの店にいろいろな配達員が出入りするのは当然なんです。せっかくこの舞台を選んだ以上は、老若男女、いろいろな事情でこの仕事をすることになった配達員たち自身のドラマにも目を向けていった方が、自分にとってもいい刺激になるだろうという判断でした。

―― 第三話「ままならぬ世のオニオントマトスープ事件」は、とある空き巣事件の謎を巡るミステリーなのですが……日本推理作家協会賞を受賞した短編「#拡散希望」にも通ずる、SNSの闇を覗き込んだ内容となっています。

 第二話を書いた時、配達員自身のドラマとミステリー部分のドラマを掛け合わせたことで、第一話にはない味わいが出たと感じたんです。そこで第三話は、シングルマザーの三〇代女性、という配達員の設定をまず先に決めました。仕事が大変で、その大変さを埋めるためにSNSで承認欲求を満たそうとするあまり、目の前にいる自分の子供のことを大切にできなくなってしまっている。そのことについて身につまされるような事件と出会ったら……という順番で、彼女の境遇に合うような謎を作りました。そして、謎を解決したことで彼女に何が返ってきて、どう人生が変わるのかを考えていったんです。

―― ミステリーとしての驚きと共に、人間ドラマとしてもグッとくるものがありました。と思っていたら第四話「異常値レベルの具だくさんユッケジャンスープ事件」で、凶悪な一手を繰り出しているじゃないですか。連作の最終話で使うようなネタですよね?

 第四話の展開はかなり早い段階から頭の中にあったんですが、どこでこのカードを切るかで悩んでいたんです。編集者さんから「一、二、三と読んで、こういうテイストねと読者が油断していたところで、一撃喰らわせるのもいいんじゃないですか?」というアドバイスもあり、第四話でかますことにしました。

―― かまされた中身自体は伏せますが、第四話と第五話「悪霊退散手羽元サムゲタン風スープ事件」は、フードデリバリーという設定ならではの謎が選ばれていますね。

 どこかで必ず扱いたいと思っていた謎でした。第四話では「同じ配達員が十回連続で来たらやばいよね?」、第五話では「マンションの空き部屋に置き配が届き続けていたらヘンでしょう?」と。特に第五話、お笑い芸人をしている配達員の話は、個人的に書けて良かったなと思っています。締切り一か月ぐらい前までノーアイデアで死にかけたという体験も強烈なんですが(笑)、この連作シリーズのエッセンスをぎゅっと詰め込めた一編になったと思うんです。フードデリバリーサービスの仕組みが動機やトリックの部分に関係していて、その謎を解決したことによって配達員の今後の身の振り方が大きく変わる。なおかつ、コミカルさもあるんですよね。ありがたいことに、『本格王』のアンソロジーに第五話も、二年連続で選んでいただけたんです(『本格王2024』)。最も思い入れのある一編です。

作品世界そのものにワクワクしている

―― コース料理の最後に何を出すか、その一皿でしっかり満足できたかで、全体の感想が大きく変わってきます。最終第六話「知らぬが仏のワンタンコチュジャンスープ事件」は、大満足でした。全編にわたって緻密な伏線が張られていますが、最初から計画していたのでしょうか?

 各話で出てくる登場人物たちを『アベンジャーズ』的に結集させようというアイデアは、早い段階で固めていました。そのことを常に頭の中に置いて書いていたおかげで、各話で細かいネタを振っておくこともでき、最後はうまい具合にまとまってくれたかなという感じですね。もう一つ、全編を通じて意識していたのは、「核心は摑めない」という空気感です。シェフは配達員たちに情報収集の仕事を頼む際、「この話は絶対口外しないように。もし口外したら、命はないと思って」と言うんですが、それが本気かどうかはわからない。最終話でのシェフの言動も、言っていることが本当なのかどうかはわからない。捉え方は解釈次第なので……読者さんたちがどんな感想を抱かれるのか、反応が楽しみです。

―― 続編を期待してしまいます。この設定を一冊で終わらせてしまうのはもったいない、と思うんです。

 僕もそう思っています(笑)。この一冊の中に、この舞台設定でできることは思いつく限り全部ぶち込んだつもりなんです。ただ、振り返ってみれば編集者から「全六編ぐらいで」と最初に言われた時、「この設定で六つも話が作れるかな?」と思っていたんですが、掘れば掘るほどどんどんアイデアが出てきたんですよね。今は本にするための作業を終えてしばらく経ったこともあり、「この設定だったらこんなこともやれちゃうよね?」というふうに思い描いていることは、正直言ってあります。結構、あります(笑)。今日ずっとお話ししてきたように、謎の魅力やクオリティは自分が書く小説にとって大事な要素なんですが、作品が生み出す世界そのものにワクワクできるかどうかは、読者さんにとっても僕自身にとってもものすごく重要だと思うんです。その意味で、僕は『難問の多い料理店』という世界に、ものすごくワクワクしているんですよ。

結城真一郎

ゆうき・しんいちろう●作家。
1991年神奈川県生まれ。東京大学法学部卒業。2018年に『名もなき星の哀歌』で新潮ミステリー大賞を受賞しデビュー。2021年「#拡散希望」で日本推理作家協会賞(短編部門)受賞。そのほかの著書に『プロジェクト・インソムニア』『救国ゲーム』『#真相をお話しします』などがある。

『難問の多い料理店』

結城真一郎 著

6月26日発売・単行本

定価 1,870円(税込)

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