[本を読む]
三流の思想に囚われないために
政治学の原典を読むことには、独特の困難がある。異国の昔の思想家の著作であれば、生きた環境も、前提となる知識や概念の使い方も違う。世界の見方自体がわれわれとは異なる。意を決して読み始めたものの、はじめの十数頁で玉砕した方も少なくないであろう。
この困難を乗り越える手段の一つが、先達の道案内に従うことである。本書では、J・S・ミル、ホッブズ、ルソー、バーリン、シュミット、フーコーの具体的な訳書が各章冒頭で指定され、頁数を示した引用をまじえながら、それぞれの思想家がどのような具体的状況で議論を展開したか、いかなる問題を解決しようとし、そのためにどんな道具立てを用いたかが、懇切に解説される。それぞれの思想から現代の諸課題について導かれる回答や、ある思想の主張をその思想自体に当てはめたとき、自己矛盾が発生しないかが解き明かされる。
本書を貫く基本軸は、セキュリティと自由である。侵略や内戦、パンデミックなどの危機が迫りセキュリティが脅かされれば、思想の一元的統一、行動の規律、権力の集中と強化が求められ、自由と多様性は切り詰められる。著者自身は、価値の多元性は受け入れざるを得ない事実だと考える。そこからは、多様な価値の公平な共存と、価値選択を各個人に
ケインズが指摘するように思想の力は強く危険である。自分は思想など無縁だと
本書では、それぞれの思想の筋道を追うだけではなく、疑問点、賛成しかねる点も、率直に指摘されている。「誠実な態度とは言えません」「違和感を禁じ得ません」「十分に理解していたのでしょうか」などの評価が散見される。ちなみに評者の見解も批判の的となっている。何がどこで批判されているかは、読んでのお楽しみである。
長谷部恭男
はせべ・やすお●憲法学者