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今月のエッセイ/本文を読む

鹿田昌美『デンマーク流ティーンの育て方』(集英社新書 イーベン・ディシング・サンダール著/鹿田昌美訳)刊行に寄せて
「訳者として、ティーンの子育て真っ最中の母として。」

[今月のエッセイ]

訳者として、ティーンの子育て
真っ最中の母として。

『デンマーク流ティーンの育て方』という本を翻訳させてもらった。著者はデンマーク人の心理療法士、イーベン・ディシング・サンダール。自身の子育てを通じて得られた気づきと、様々な家族をカウンセリングした経験とそこで得た知見、そして専門知識とデータがバランスよくブレンドされた育児書だ。
「デンマーク流子育ての本のティーン版が出るんですよ、ご興味ありますか?」
 久しぶりに集英社の担当編集者さんからご連絡をいただいた。初めてお声かけいただいた育児書『フランスの子どもは夜泣きをしない』は、発売から10年経っても版を重ねるロングセラーだ。そして、次に翻訳したデンマークの幼少期の子育てのノウハウをつづった『デンマークの親は子どもを褒めない 世界一幸せな国が実践する「折れない」子どもの育て方』の著者のひとりであるイーベンさんが、このたび続編を書き上げたという。
「興味、あります!」 わが家の息子もティーンエイジャーになり、子育てに悩んでいたタイミングであった。
 デンマークは「世界一幸福な国」として知られる福祉国家で、大学までの教育費は原則無料。高校や大学への入学試験はなく、塾通いもない。日本とはティーンの子育て事情がまるで違うはずだ。
 日本でティーンを育てる親から、「受験」と「教育費」という悩みを取り除いたら、何が残る? 子育ての本質が見えてくるのでは? それこそが、私(たち)が学ぶべき、デンマーク流のティーンの子育てなのでは? それとも、日本の親には真似できない内容なのだろうか。期待と一抹の不安にドキドキしながら、原書を手に取った。
 前作で提唱されていた、デンマークの幼少期の子育ての6つのキーワードは、①遊ぶ ②ありのままを見る ③視点を変える ④共感力 ⑤叩かない ⑥ヒュッゲ(仲間と心地よくつながる)。さて、ティーンになったら、デンマーク流子育てはどう変わるのだろうか。
 基本、変わらない。6つの原則を補足・発展させた上で、さらに4つのキーワードが追加されている。最も大切なのは「信頼」だ。ティーンの子どもは親からの信頼を求めている。対話をし、関わり続けることが大切。勝つことをゴールに据えて頑張らせなければいけない、と気を張る前に、親にはもっともっと壮大な役割があるのだ。
 13歳から19歳というティーン世代は、心も体も大きく変化する。家の外でたくさんの経験をして、多様な価値観に出合い、それを幼少期に生育環境の中で培ってきた知恵や価値観と照らし合わせて取捨選択し、人格を形成していく。方向を定めようと不安定に揺れるわが子の羅針盤を支えるのが、家庭であり、親なのだ。親が発する言葉はきわめて影響力が大きい。まずは自分を顧みて、偏見がないか、決めつけるようなレッテルを貼っていないか、価値観がぶれていないかを確認する必要がある。
 親が自分の感情を整理することも重要だ。自分が親にされて嫌だったことを、わが子にしていないか。怒りのスイッチが入ってしまうポイントは何か。わが子の「満天の星」の輝きを、次々に消してはいないだろうか。
「親が子どもに敬意を払い、橋の向こう側の様子を理解したいという気持ちで、話に耳を傾ける」。自分らしく生きようとするわが子は、繫がっているが別の場所に立ち、進み続けているのだ。
 デンマークのティーンの親は、日本のティーンの親と同じことで悩んでいる。親が10代の頃にはなかったスマホやSNSとの付き合い方もそのひとつだ。頭ごなしに禁止したり制限をかけたりするのではなく、わが子の事情に寄り添い、理解しようと歩み寄るのがデンマーク流だ。そしてデンマークのティーンは、日本のティーンと同じことで悩んでいる。
「友情」、「容姿」、「性」、「要求が厳しく成果主義の世界」、「恐ろしく大きな社会的プレッシャー」(そう、デンマークでも!)。著者は、娘がいじめに遭った経験をつづり、「誰もがあなたの幸せを願っているわけではない、と子どもに教えざるを得ないかもしれない」と打ち明ける。人生には痛みがついてまわる。乗り越えるのは子ども自身だ。
 デンマークの独特の教育制度や文化、著者が関わっているヨーロッパの小学校の「共感教育」についての記述も興味深い一方で、競争社会ではないはずのデンマークの親子にも、日本の親子と同様の試練があると知って、少し安心した。成績や評価といった、目の前の成果に気を取られがちだったが、子育ての本質と楽しさを思い出し、嬉しくなった。わが子を幸せな大人に育てるためのヒントを直伝してもらえると同時に、親自身がもっと幸せな大人になれるのでは、という希望を感じ、心が温かくなった。
「10代のわが子との時間には、イライラと絶望だけではなく、はるかにたくさんの経験が味わえる。そのことを、皆さんに知ってもらいたいのだ」と、著者は「イントロダクション」に記している。訳者として、ティーンの子育て真っ最中の母として、私も同じ気持ちだ。

鹿田昌美

しかた・まさみ●翻訳家。
国際基督教大学卒業。訳書に『デンマークの親は子どもを褒めない 世界一幸せな国が実践する「折れない」子どもの育て方』『フランスの子どもは夜泣きをしない パリ発「子育て」の秘密』など多数。

『デンマーク流ティーンの育て方』

イーベン・ディシング・サンダール 著/鹿田昌美訳

集英社新書・発売中

定価 1,320円(税込)

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