[特集インタビュー]
愛って何だろうね。
何歳になってもわからないよ
下町で老舗古書店〈
この物語の主人公、昭和の頑固おやじ・堀田
でも、ふたを開けてみれば、そこには何ともやるせない人の情やら愛が絡んでいて、いつもながらの読者納得のハートフルな大団円が待っています。
今回のテーマ「LOVE」を、ホームドラマでどう料理するか。その苦心と覚悟を、小路さんの若かりし頃のやんちゃなLOVE話を添えて、お話ししていただきました。
聞き手・構成=宮内千和子/撮影=川尻亮一
浮気や不倫話は、
ぎりぎりのところで寸止め
―― 今回は、「キャント・バイ・ミー・ラブ」というビートルズの曲のタイトルそのままに、いろんな恋愛絡み、不倫絡み、そして若い人たちの結婚話も一気に進んで、全篇LOVEを巡る展開になっていますね。「LOVEはやっぱりお金じゃ買えないよぉ」という我南人の声が聞こえてきそうです。
ええ、タイトルを『キャント・バイ・ミー・ラブ』にしようと思った段階で、もう全部LOVEの話にしようと思っていました。最近、我南人が騒がしくすることもなかったので、ここで我南人の隠し子騒動を勃発させようと思いついて、そこから若い人たちを中心にいろいろLOVEに絡んだネタを考えていったんですね。
―― なるほど。そう聞くと全体像が見えますが、その医大生の花陽が浮気騒動に巻き込まれたり、
展開としてはちょっとややこしかったと思うんですけど、不倫とか浮気とかの話を深くやっちゃうと長くなるし、生々しくなっちゃうんで、ぎりぎりのところで寸止めしてるんですよ(笑)。そのうえで、全体を音楽でくくっていけば、ぎりぎりで寸止めしてるいやらしさもちょっと消えるかなと思って、音楽でスーッと流している感じにしてみました。
―― そういう事件でもないと、花陽が結婚を決意する動機づけにはならないと。
そう。このままだと、多分花陽は、いつまでたっても結婚しないと思いますよ。それが三年前くらいからずっと引っかかっていたんです。もちろん結婚がすべてじゃないけど、ホームドラマとしてはどっかで結婚させなきゃ落ちがつかない。それで、こういうLOVE絡みの事件と、誰かの死を契機にしようと考えて、元刑事の
今作登場のゲスト書店員さんは
有名インフルエンサー
―― 花陽とは別のLOVE事件絡みで、研人のバンドとコラボすることになったアイドルグループのボーカルで、文才豊かな
はい、その本間ハルカちゃんのモデルが、今回のゲスト書店員さんの本間悠さんです。いつも文庫化される際にあとがきを書いていただいているゲスト書店員さんには、物語の中でどんなキャラクターをやっていただこうかなと考えるんですけど、今回は研人の音楽関係を思い描いたときに、パッとアイドルがいいじゃん! と閃いた。
というのも、本間さんは、直木賞作家の今村翔吾さんが佐賀駅構内にオープンした「佐賀之書店」の店長さんで、しかも佐賀を中心に“ホンフルエンサー”として活躍する有名人なんですよ。文才もあるし、まだお若いし、イメージにピッタリだと思って、才能あふれるアイドルになっていただきました。
―― 歌がうまくて文才があって、かわいいアイドル役となると、きっとご本人にも喜んでいただけるんじゃないですか。しかもちょっとしたLOVE事件の主役にもなりますね。
そうそう。本間悠さんをアイドルにしようと決めた段階で、物語の全体がすっとつながってきて、これでいけると確信しました。さっきも言いましたけど、本間ハルカちゃんの不倫騒動に関しては、深くやると拒否反応を示す人もいますから、大げさにはしなかった。最終的に我南人の隠し子騒動のところでポンと落ちをつける伏線になればいいかなという感じで、こちらも寸止めです(笑)。
そもそも、テレビのホームドラマ枠で不倫や浮気を描くって、すごく難しいんですよ。このシリーズでは、春夏秋冬の各章をそれぞれ四十五分のドラマ枠と考えて、そのパターンの中で毎回お話が展開していきます。このパターンは、時々イレギュラーで外れることはあるけど、ホームドラマの基本原則です。その中で生々しい不倫や浮気の話を入れるのは土台無理だし、今回はその
根がドライなのに、
惚れた女には独占欲が強い!?
―― ホームドラマ枠の縛りはあるとして、小路さんの「東京バンドワゴン」に出てくる人たちって、恋愛感情で動いていくキャラクターはあまりいないですよね。だから生み出したキャラクターが結婚や恋愛方面で進展してくれなくて困るという悩みが……。
僕自身がそうなのかもしれない。きっと僕の資質もあると思いますよ。今回は、LOVEをメインに語っていますけど、この年になっても、愛って何だと聞かれたら、何だろうねって考えちゃいますよ。愛ってさ、何歳になってもわかんないよ。愛に走っちゃうような人ってどんな人なのかなと考えても、僕自身経験がないからよくわかんない(笑)。経験なくても書くのが作家なんだけれど、こればっかりは難しいね。
踏み込むのが嫌だというのもあるかもしれない。若い頃の経験なんですけど、自分から申し込んだ人には、必ず振られるんですよ。僕ね、二十代の頃に僕から申し込んでお付き合いした女性が数人いるんですけど、全員に振られてるんですよ。最後に振られたのがナオコさんという方で。
―― ナオコさん(笑)。
うん、ナオコさんにはまいりました。僕の誕生日が四月なんだけど、前日の夜に電話がかかってきて、「はい」って出たらナオコさんでね。翌日誕生日だからてっきりデートの約束をするんだろうなと思って、「明日、どうしようかな」って僕が話し出したら、突然そこで、「いや、実は別れたいの」って言い出してきまして。
―― 理由を聞きました?
聞きましたよ。なんで? って。そしたら「自由になりたい」とか言われてしまって。僕はどうも、惚れた女の子に対して、束縛してしまうタイプの男みたいなんですよ。
―― へえ、長いお付き合いですが、小路さんには、全然そういうイメージないですけどね。
ないでしょう? 僕自身もないんだけど、どうもお付き合いした女性はそういうふうに感じるらしくて。それ以来、もう女性には惚れないようにしようと思って生きてきた(笑)。
―― じゃあ、結婚は、惚れられて結婚したんですか。
あー、そうですね。妻も読むかもしれないんでその辺りはゴニョゴニョですが、妻からのアプローチが先だったんじゃないかなぁ、ということで(笑)。
でも、僕の嫌なところは、そうやって別れたいという電話が来て、わかった、じゃあねって電話を切ったら、すぐに次は誰と付き合おうかなと思えちゃうんですよね。
―― 根が意外とドライなんですね。
全然ドライなんです。全くこたえてない。そうやって根がドライなくせに、惚れた女には独占欲が強いという、割と二面性のある男みたいでね。そもそもろくでなしなんですよ。若い頃は来るもの拒まずで、取っ替え引っ替えみたいな男だったので、深い愛については書けないというか、書いちゃいけない、書いたら絶対怒られるなと思ってます(笑)。
堀田家がずっと提示してきた
LOVEのかたち
―― 小路さんは、愛って何なのかわからないとおっしゃいますが、どんな愛が心地いいのかっていう、そのテーマの追求に関しては、ずっと堀田家はやってきたと思います。一緒に暮らす距離感であったり、風通しであったり、おせっかいはあっても束縛しない、そういう愛の在り方を、堀田家の人々は物語の中で提示し続けてきた気がします。
そうですね。我南人じゃないけど、どんな生々しい事件が起ころうとも、そこでLOVEを忘れちゃいけないよねという。そこはきちんと僕なりに描いてきたつもりだし、そこは外さないように守ってきましたね。
―― 世の中の大抵のことはLOVEで解決できるって本文にありました。
そのとおりだと思います。大抵のことはね、LOVEと金がありゃ解決するんですよ。
――「キャント・バイ・ミー・ラブ」の歌詞の中にも、マネーという単語が繰り返し出てきます。愛はお金じゃ買えないと言いつつ、どうしようもなく煩悩としてありますよね。
うん、そうそう。あの歌も、愛は金では買えないと言いながら、でも金には力があるよと言っているようにも感じる。お金があれば、LOVEも大きくなるし、ないとちっちゃくなるんですよ。だから、LOVEを大きくするために金稼ごうって思うわけ。そこまで考えて歌ってるかどうかわからないけど、あれはそんなに単純な愛礼賛の歌詞ではないですよね。でもいろんな辛酸舐めて、やっぱり最後は……ということなのかな。
今の若い人たちは
仲間とのつながりを求めている
―― 今回で十九弾となるこのシリーズ。ファンの読者の方も一緒に並走してきているわけですが、研人も結婚して稼ぎ頭になっているし、あの幼かった花陽がもう結婚! と、世代交代も進んで、感慨深く月日の流れを感じるでしょうね。そういう読者からの声って、届きますか。
ええ、お手紙もありますし、X(旧Twitter)でも届いています。意外というか、この物語、読者層の幅がすごく広いんですよ。小学生から読んでいるという人もいるし、今現在、八十、九十のおじいちゃん、おばあちゃんから手紙が来たり、僕と同じ年代の人が、母が楽しみにしてると書いてくれたりね。この間、Xで見たんですが、花陽ちゃんと同い年で、花陽ちゃんが小学生の頃からずっと読んでるっていう子がいて、私はこの「東京バンドワゴン」に救われた、今の私をつくったのはこの物語だと書いてあって、ああこんなドラマで人生救われてる子もいるのかと思って。本当に作者冥利です。
―― やっぱりそれは堀田家の面々が織りなす物語の温もりがちゃんと届いているということだと思います。
そうですね、結局、ホームドラマの良さって、それぞれのことをおもんぱかって生きているというところだと思うんですよ。
家族って絶対ぶつかるときはあるし、アップデートされない人もいっぱいいる。血のつながりはあったとしても、一人の人間同士ですから、ましてあれだけ大勢一緒に住んでいたらぶつからないわけがない。やっていけなくてバラバラになっちゃう家族もたくさんいると思う。でも、一緒に生きてくんだから、それぞれ相手のことをおもんぱかって生きていこうよと少しでも思えれば、血がつながっていようがいまいが、家族をやっていけるよねということだと思う。
この家族の枠を広げれば、それは社会としての大きな枠組みですよね。一つの会社にしても、一つの学校のクラスにしてもサークルにしても、相手のことをおもんぱかって頑張って生きていこうやと思わないと、絶対どっかで壊れてしまう。壊れないように何とかやっていきましょうやというのが、本来、社会のあるべき姿だと思うんですよね。そうしないと社会って成り立たないし、戦争なり紛争なり、いろんなトラブルが起こってくる。そこをきちんと回そうよって頑張ってる人がいるから、国が成り立っている。その原型がホームドラマじゃないかって僕は思っているんですよ。
ラストシーンで、お父さんとお母さんが茶の間でお茶を飲みつつ、まあ、何とかなるかなとか言いながら、エンディングテーマが流れてしみじみとしたハッピーエンドで終わる。そういう枠組みがホームドラマであって、そこはきっちり守って書いていく。そこで少しでもそういうものを感じ取ってくれる人が増えていけばいいなと思ってます。
―― 今の社会、殺伐としているようで、そういう人とのつながりを求めている人はたくさんいるような気がします。
そうなんですよ。最近の若い人、十代でも二十代でも、仲間としてのつながりを求めてると思う。むしろ僕らが若い頃よりそういうつながりを大事にする人たちが多いと思ってます。だって、僕らが二十代の頃なんて、はっきり言ってひどかったですよ。ワンナイトラブとかラブアフェアとか、そんなのをばりばりやってたし。それを今の二十代の人に言うと、みんな「ひど~い」って言う(笑)。
だから、僕らが思ってる以上に、今の若い人たちってホームドラマ的なものを求めてるというか、好きな人っていっぱいいると思うんですよ。時代が変わっても、そういうつながりの在りようは変わんないよねというメッセージを込めて、これからも書き続けようかなと思っています。
「東京バンドワゴン」シリーズの既刊情報は、特設サイトでご確認ください。
https://www.shueisha.co.jp/bandwagon/
小路幸也
しょうじ・ゆきや●作家。
1961年北海道生まれ。著書に「東京バンドワゴン」シリーズをはじめ、『空を見上げる古い歌を口ずさむ』(メフィスト賞)『Q.O.L.』『東京公園』『隠れの子 東京バンドワゴン零』『花咲小路二丁目の寫眞館』『素晴らしき国 Great Place』『マンション フォンティーヌ』等多数。