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村山由佳/朴慶南パク キョン ナム『私たちの近現代史 女性とマイノリティの100年』(集英社新書)を佐高 信さんが読む

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日本人の生き方の根源を問う対話

 とりわけ朝鮮人へのヘイトクライムが激しいこの国で、表札を本名で出している朴慶南パクキヨンナムと、関東大震災の時、朝鮮人と共に虐殺された伊藤野枝についての小説『風よ あらしよ』を書いた村山由佳との、生き方の根源を問う対話である。
 朴は、一般の日本人が朝鮮人虐殺に加わったことに衝撃を受け、以来、そうした場合、日本の友人は自分を守ってくれるだろうか、と考えるようになった。
 あの虐殺は戒厳令下での虐殺であり、朴が指摘する如く、「階級的な対立を民族的対立にすり替えることで、大衆の不満をそらそうとした」ものである。とは言え、私も平静ではいられない。村山と同じように「日本人であることの恥辱」を嚙みしめながら、私は「アジア留学生の父」と呼ばれた日本人、穂積五一のことを思い出していた。
 東大法学部生時代、岸信介の師の上杉慎吉が主宰した七生社に属し、国粋主義的な人間だった穂積は「五族協和」を真っ直ぐに信じ、朝鮮や台湾の独立運動家を助けて、何度か牢獄にぶちこまれた。当時、朝鮮や台湾の人間に対する特高警察の拷問はことの外ひどかった。
「何であんなひどいことをするんだ」
 と穂積が抗議すると、逆に、
「アイツらは人間じゃない。人間だと思うから、いらんことを言うんだ」
 と怒鳴り返された。
 村山は「アジアを見下ろす優越感は、アメリカへの劣等感と裏表ではないでしょうか」と言っているが、それは戦後さらに強められ、肥大化したのだろう。
 アジア、アフリカ、そしてラテンアメリカの国々からの留学生や研修生の面倒を見た穂積は、彼らに対する日本の政府や財界の対応に落胆して、こんな感慨をもらしている。
「私のこの頃の実感は、だんだん自分が日本人から離れるんですよ。自然に離れるんです。アジアの人々に学んで暮らしていると、そうなるんです」
 そして、アジアからの研修生の拘束契約に反対して食を断ち、亡くなった。
 小説家の村山は、いつも「なぜ」と思うという。「『なぜ』ってところから物語が生まれる」と言っているが、日本人はその「なぜ」を忘れてしまったのだろうか。

佐高 信

さたか・まこと●評論家

『私たちの近現代史 女性とマイノリティの100年』

村山由佳/朴慶南 著

発売中・集英社新書

定価 1,078円(税込)

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