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中川 裕・野田サトル イラスト『ゴールデンカムイ 絵から学ぶアイヌ文化』(集英社新書)
を本郷和人さんが読む

[本を読む]

ひとりの研究者の人生そのものを
体現した仕事

 著者の中川裕先生に比べればまさに児戯じぎに等しいことですが、私は小学校高学年の頃、アイヌの人々・アイヌの文化に興味を持ち、学ぼうと努めていました。何がきっかけだったか忘れてしまったのですが、とまれ私はアイヌの人々をだます江戸時代の和人の狡猾こうかつさに憤慨ふんがいし、シャクシャインの敗北に涙し、アイヌ語の単語帳を作って「サト・ポロ・ペッ=乾いた大きな川」などと書き込んでいました。
 そんなとき父母が視聴していた「思い出のメロディー」で伊藤久男さんが唱う「イヨマンテの夜」(作詞菊田一夫・作曲古関裕而)を知りました。強い歌声に衝撃を受け、単語帳に直ちに「イヨマンテ」と記しました。ところがここで、私は困惑します。イヨマンテの訳語として、歌詞にもあるとおり「熊祭り」とする他に、「熊送り」があったのです。祭りなら分かるが、送りとは何か。私は浅はかにも誤植かな、などと考えていたのですが、中学受験もあって、いつしか興味は別のものへと移っていきました。
 私は大好きな漫画を読むことを、人生最大の喜びにしています。全巻を揃えた上で、特別な休暇などに、じっくり味わって読む。そのため、『ゴールデンカムイ』はまだ読んでいません。順序は逆になるのですが、先に本書を読んでいたところ、記憶が急激によみがえってきて、「あ、そういうことか!」と声をあげてしまいました。熊のカムイを丁重ていちように祭り、カムイの国に送る。それがイヨマンテ。イヨマンテは熊祭りであり、熊送りだったのです。
 カムイとはただ単に「神」というだけでなく、アイヌの人々の周囲の「生きた環境」である、と著者の中川先生は説きます。その視点をベースに、アイヌの人々の生活、ふるまい、文化がいきいきと描写されます。自然に感謝し大切に、などという通り一遍の表現ではなく、文字通りカムイたちと共に暮らすアイヌの人々の生活と歴史が重厚に描かれている。近代科学とは別の体系である、カムイの世界。実に多くのことを知り、考えることのできる一冊です。ひとりの研究者の人生そのもの、みごとな仕事です。どうか漫画『ゴールデンカムイ』とあわせてご精読を。

本郷和人

ほんごう・かずと●東京大学史料編纂所教授


イラスト=野田サトル

『ゴールデンカムイ 絵から学ぶアイヌ文化』

中川 裕 著/野田サトル イラスト

発売中・集英社新書

定価 1,650円(税込)

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