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巻頭インタビュー/本文を読む

『おしごとそうだんセンター』
「まだ世界に存在しない仕事」あったら面白い「めずらしい仕事」の物語

[巻頭インタビュー]

箸休めがたっぷりあるからこそ、
仕事にまつわる真面目なことが言えるんです

絵本作家・ヨシタケシンスケさんの最新刊『おしごとそうだんセンター』は、「まだ世界に存在しない仕事」というテーマのもとで描かれた図鑑でありつつ、そもそも仕事とは何なのだろう、仕事はどうやって選べばいいんだろう……という難問について考え尽くした一冊だ。
絵はとびきり可愛いのに、ページをめくるにつれて深まっていく議論はとびきり深い。絵本と呼ぶよりも、絵と文章で構築されたポップな哲学書と呼ぶほうがぴったりかもしれない。本の形態をも創造するオリジナリティあふれる本書は、いったいどのようにして生まれたのか?

聞き手・構成=吉田大助/撮影=露木聡子

テーマから浮かんできたアイデアを
メカのデザインに落とし込んでいく

―― 本書の元となっているのは、小説誌「小説すばる」の二〇一八年四月号から二〇二一年一二月号まで担当され描き下ろされてきた、表紙イラストです。オファーが届いた時はどのような心境でしたか?

 すごくびっくりしました。ただ、実は絵本作家になるはるか昔、イラストレーターだけやっていた頃に「小説すばる」で連載をしていたんです。『結局できずじまい』という、一ページで完結するイラストエッセイです(二〇〇五年三月号~二〇〇七年二月号、二〇一三年講談社より単行本刊行)。今度は表紙のイラストをとご依頼いただいたので、すごく嬉しくもあったんです。

―― 「凱旋!」という感じですね。

 毎号表紙というのは自分にとって初めての仕事でしたし、絵本のように言葉が載っていない、一枚絵のみで楽しんでいただけるにはどうしたらいいだろうかといろいろ考えました。ひとまず何かしらのお題があったほうがいいと思い、「まだ世界に存在しない仕事」、あったら面白い「めずらしい仕事」を毎回描いていくことにしよう、と。そして、その絵自体は、ぱっと見た瞬間は、何が描かれているか分かるようで分からないラインを狙うことにしました。「さて、これは何でしょう?」と推理してもらい、雑誌の最後のページに答えが載っている。そんなふうに表紙も一つの読み物になっていたら、読者さんにとっておトクかなと思ったんです。

―― Q&Aのクイズ形式の楽しさは、本の形態になっても再現されています。まず一枚絵が登場し、めくると次ページに仕事の名称と内容が出てくる。そこにはオマケの一コマ漫画も添えられていて、それぞれの仕事への理解が深まったり、ツッコミ心がくすぐられたりするんです。仕事の種類は本当にバリエーション豊富なのですが、需給バランスはどうとかコスパはどうといった、つまらない常識的な思考が吹っ飛びました(笑)。分かりやすいところでは「カマクラ屋」なんて、ニッチな欲望すぎますよね。

 あれは僕も好きで、メカのデザインには相当こだわりました。カマクラができあがるまでの工程が、メカのデザインからちゃんと感じられるように描いたつもりです。デザインには裏設定があったりもして、例えば「水陸両用スクールバス」はもともと軍隊のものを払い下げて民間に転用した、という僕にしか分からないようなストーリーがあります(笑)。後から操縦席を増設したので、運転手さんがちょっと変な位置に座っているんです。

―― 絵をじーっと見つめていると、いろいろなストーリーが浮かんできそうです。

 僕が子供の頃、鳥山明さんの『Dr.スランプ アラレちゃん』が大ブームで、あの作品に出てくるメカが大好きだったんです。宮崎駿さんの『宮崎駿の雑想ノート』という本にもこの世界に存在しないメカがたくさん出てきて、ずっと憧れていました。いつか自分も見ているだけでワクワクしてくるようなメカをいっぱい描きたい、という夢を叶えたのが今回の連載でもあるんですよね。「まだ世界に存在しない仕事」というテーマから浮かんできたアイデアを、メカのデザインに落とし込んでいく作業はとても楽しかったです。

―― 総計四十四個もの「まだ世界に存在しない仕事」、その多くに登場する「まだ世界に存在しないメカ」を目にして感じたのは、人間はメカと一緒に働いているという現実でした。例えばスマートフォンも立派なメカであることを考えると、昔と違って今の時代、メカを使わない仕事ってほぼないのではないでしょうか。そのことが、温かな筆致で描かれている点に新鮮さを感じました。

 そもそも僕は団体行動が苦手で、人間同士でチームを組む仕事があまり発想できなかった(笑)。でも、確かにこのところ、十年後には仕事がAIに取って代わられるんだぜ、みたいな脅迫のされ方も増えている中で、人間がテクノロジーと一緒に楽しく働いている姿を描いてみたかったのかもしれません。テクノロジーって基本的には人間を幸せにするために生まれたものだし、ワクワクさせてくれるものだと思うんです。

―― 特にお気に入りの仕事はありますか?

 最終回で出した「ヒント屋」には思い入れがあります。第一回の原稿を仕上げた時から、最終回はこれで行こうと決めていたんです。移動販売車で何だか分からないモノを売るという商売なんだけれども、そこで買ったものがお客さんにとって幸せへのヒントになる。仕事というものの一つの究極系だと思いましたし、自分自身も含めて出版に関わる人間がやっていることって、こういうことでもあるなと思ったんですよ。ちなみに、幻の第一回のネタも自信満々だったんです。ボツになったんですが。

―― どうしてですか!?

 小説家が逃げた時に、捕まえて原稿をもぎ取る「執筆サポート業」という仕事を考えたんですが、「先生方に失礼になるかもしれませんので……」と言われてしまいました(笑)。


本書に掲載されている「めずらしいおしごと」のひとつ、『カマクラ屋』の絵。

それが正しいかどうかではなく
大事なのは選択肢を増やすこと

―― ここまでは主に「小説すばる」の表紙絵に関する裏話をお伺いしてきたのですが、一冊にまとめられた本を読むと、驚かされます。本を開くとまず飛び込んでくるのが、地球に不時着した宇宙人がこの星で暮らしていくために職探しを始める、というストーリーです。そのために訪れたのが「おしごとそうだんセンター」で、そこで働くお姉さんに紹介してもらった「めずらしいおしごと」が図鑑形式で掲載されていく。六つに分かれた図鑑パートの合間合間で、宇宙人とお姉さんによる「仕事にまつわる対話」が繰り広げられるという構成になっています。書籍化の際はこの構成を採用しよう、と最初からお考えだったんですか?

 何も考えていませんでした(笑)。そもそも書籍化が前提で始まった連載ではなくて、原稿が溜まっていったところで本にしましょうというお話をいただいたんですよね。基本的には一枚一枚ばらばらの絵なので、そのまままとめると画集みたいになってしまう。せっかく本になるんだったらと、今の構成を考えました。
 経緯としては、『あるかしら書店』(ポプラ社、二〇一七年)という本と一緒です。あれも元は見開き二ページの連載だったんですが、書籍化の時に「珍しい本を扱う本屋さんが、いろんな本を紹介する」という世界観を作ったんです。

――『あるかしら書店』もいわば「珍しい本」の図鑑でしたが、その合間合間に挿入される店主とお客さんのやりとりはあくまでも、図鑑パートへのイントロとして機能していました。今回の本は、対話パートと図鑑パートの関係性がだいぶ違いますよね。

 仕事って何だろうとか、仕事と生きることとの関係について書かれた本ってたくさん出ていると思うんですが、その手の話っていくらでも説教臭くできてしまうんです。すごく大事な問題なので僕も真剣に向き合いたかったし、そうやって描いていったんですが、いざ「めずらしいおしごと」の図鑑パートが始まると、それまでの対話パートでの議論は台無しになる(笑)。「めずらしいおしごと」の図鑑パートは、いわば、箸休め的な感じですね。ふざけたページがたっぷり確保されているからこそ、合間合間の描き下ろし部分ではちょっと真面目なことを言っていいよね、という僕なりのバランスが作れたんです。

――「おしごとって、何?」、「どうやってえらべばいいの?」、「なりたいおしごとになれなかったら?」……。宇宙人の率直な疑問に対して、悩みながら答えていくお姉さんの言葉には何度もハッとさせられました。例えば、「そもそもおしごとって、『誰かの役に立って誰かを助けるもの』だから」。働く、ということにポジティブに向かっていける感触がありました。

 絵本作家になっていろいろな活動をしていく中で、今の子供たちが真剣に未来を怖がっているというか、大人になるということにいいイメージが持てていないことを知って、大人側の人間として申し訳なさを感じていました。考えてみれば僕も子供の頃、大人になるのがイヤだったんですね。それは、働くのがイヤだったからなんですよ。仕事というものにあまりいいイメージを持っていなくて、仕事ってすごくつらくて我慢しているものなんでしょうと思っていた。もちろんそういう側面もあるんですが、大人になった今の自分だから分かることを、当時の自分に向けて伝えてみたかった。あの頃こういう本があったら僕は助かっただろうなというようなものを作ることで、今の子供たちにとってもホッとできるような何かを提案できるかもしれないと思ったんです。

―― ヨシタケさんのどの作品にも言えることですが、魅力的なロジックがたくさん盛り込まれている。そのロジックは自分自身にとってのヒントにもなりますし、例えば子供に「おしごとって、何?」「なりたいおしごとになれなかったら?」と質問されたらこう答えればいいんだ、とストックしておくこともできるなと思うんです。

 今おっしゃってくださったようなことを、僕自身もやっているんです。僕には子供が二人いるんですが、日常生活の中で彼らからいろいろな質問や疑問をぶつけられます。その場その場で、いい返事をパッと思い付くことはまずないんですよ。モゴモゴしちゃうし、「いいから早く寝なさい」みたいなことを言ってはぐらかしてしまったり(笑)。親として、歯がゆい思いはすごくあります。でも、こういった本を作る過程で、いろいろな問題について時間をかけてじっくり考えることができる。そこで考えたことを自分の中にストックしておけば、いざ子供たちから質問や疑問が来た時に、ぴったり合いそうなロジックを取り出せるんですよ。

―― 本書に記録された仕事を巡るさまざまなロジックに触れて、合点がいったという人もいればびっくりする人もいると思うんです。ヨシタケさん自身、描いてみて初めて気付いたこともあったのではないでしょうか?

 たくさんありましたね。自分でも思ってもみなかったような結論に行きつくのが、描いていて楽しい瞬間なんです。例えば、物語の中でお姉さんが「ボクはまだなりたいものがないからなー」と悩む宇宙人に、「べつにいいのよ! そんなものなくたって!」と言う。あれは自分でもびっくりしましたし、“言ったった!”感がありました(笑)。それが正しいかどうかではなく、一番大事なのは選択肢を増やすことですよね。それに、極端なことをぶつけられると、「いや、でも自分は……」となって自分のことを探っていけると思うんです。

後ろ向きな仕事の決め方
後付けの自分の在り方

―― 仕事のことで悩んでいる大人もすごく多いと思います。大人たちにもぜひ本書を手に取ってほしい、と強く感じました。

 仕事に関しては、子供も大人も平等というか、同じだけ悩んでいる。やったことがないから悩むし、やっているから悩む。どちらに対しても、地に足の着いた希望のようなものを何かしら提案できたらなとは思っていました。その一つが、どうやって仕事を選ぶかというところの考え方でした。仕事は、なんとなくで始めちゃってもいい。僕自身の感覚として、自分に向いてない仕事を十年も二十年もできるほど、人間って丈夫じゃないんですよね。向いていないことであれば体のほうがそれを拒否するものだし、ぶつぶつ言いながらもできている、続けられているということは、その仕事は自分にフィットする部分がある証拠でもある。そういったある意味で後ろ向きな仕事の決め方、後付けで出来上がっていく自分というものの在り方は、何にも悪いことじゃないと思うんです。

―― ヨシタケさんご自身の、絵本作家という仕事に辿り着くまでの道のりはどのようなものでしたか?

 僕は、四十歳で絵本作家としてデビューしたんです。半年だけ会社員をやったものの自分には組織で働くことは無理だとなって、フリーになり、「自分に向いているな」「ここにいると気持ちいいな」と思える今の仕事が見つかるまで、四十年かかっている。若いうちからこれだという自分の仕事を見つけて、第一線で活躍している人は光り輝いて見えるけれども、そればっかりじゃないんだよということは、僕自身がそうやってふらふらしてきたからこそ言わなければいけないと思っています。すぐに決めなくていいんだよ、決まるもんじゃないんだよ、と。それが天職かどうかはのちのち決めることであって、あらかじめ分かっているわけではない。十年くらい経ったところで、ひょっとしてこれが天職だったのかな、ぐらいが一番信用できると思うんです。
 ただ、渦中はやっぱり悩むじゃないですか。その時に誰かが良い言い訳を提供してくれれば、もうちょっと自分を肯定しやすくなる。そういうものを、自分の本の中でたくさん作れたら嬉しいなと思っているんです。

―― 仕事のみならず人生を楽しく過ごすためのロジックも、この本からたくさんもらった気がしています。

 もしも人生の分岐点で一つでも選択を間違えたら……みたいな想像って、よくするじゃないですか。でも、人生って意外とそういうものではないんじゃないか。どの道を通っても、途中でうろうろしても、最終的に辿り着く場所は同じだったりするんじゃないかなと思うんです。『ぼくはいったい どこにいるんだ』(ブロンズ新社、二〇二三年)という本の中で描いた「ぼくのみらいのちず」は、そうした考えを表現したものでした。「いま、ここ」から、この先たくさん道が枝分かれしていくけれど、どこを通ってもあなたっぽいものに収斂しゆうれんしていくから、どこ行ってもいいんだよ、と。たくさん回り道をしていいんだよ、と。今回の本で表現したかったのも、「ぼくのみらいのちず」と同じ世界観でした。それをもっともっと、自分のためにも言っていきたいんです。

―― だから、読んでいてホッとできるんですね。

 一つでも道を間違えるともうダメだとなってしまったら、失敗が怖くなるし、チャレンジができなくなるのは当然ですよね。そうではない新しい未来のイメージを、文章によってロジックで説明するだけではなく、「絵の力」も使って提案していきたい。それが僕の仕事なんじゃないかな、と思うんです。

ヨシタケシンスケ

1973年神奈川県生まれ。筑波大学大学院芸術研究科総合造形コース修了。絵本、児童書の挿絵、装画、イラストエッセイなど多岐にわたり作品を発表している。『りんごかもしれない』(MOE絵本屋さん大賞、産経児童出版文化賞美術賞)『このあと どうしちゃおう』(新風賞)『もう ぬげない』(ボローニャ・ラガッツィ賞特別賞)『つまんない つまんない』(ニューヨーク・タイムズ最優秀絵本賞に選出)。その他の著書に、絵本『かみはこんなに くちゃくちゃだけど』『ぼくはいったい どこにいるんだ』『メメンとモリ』、対談集『もりあがれ!タイダーン ヨシタケシンスケ対談集』、又吉直樹氏との共著『その本は』など多数。

『おしごとそうだんセンター』

ヨシタケシンスケ 著

2月26日発売・A5判

定価 1,760円(税込)

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