[インタビュー]
自らを重ね合わせて書いた、絶望から再生の物語
第36回小説すばる新人賞を受賞した神尾水無子さんの『我拶もん』は、江戸の
陸尺の中でもっとも格上の
新人離れした筆運びと巧みな物語展開が選考委員をうならせた『我拶もん』はどのように書かれたのか。作品について、作家デビューまでの道のりについて、神尾さんにお話をうかがいました。
聞き手・構成=タカザワケンジ/撮影=冨永智子
江戸の人気者「陸尺」は、今に通じる仕事
――『我拶もん』の主人公は大名の駕籠を担ぐ陸尺です。彼らが江戸をにぎわせる人気者だったことを初めて知りました。なぜ、陸尺の物語を書こうと思われたのでしょうか。
とある時代小説で陸尺を知ったのがきっかけでした。調べてみると、背が高く、いわゆる様子のいい陸尺は、あちこちの大名家や旗本から引っぱりだこで、一日にいくつもの大名の駕籠を担いだそうです。そのための人材派遣業もあったらしく、今に通じるものがあると思いました。
―― 冒頭で駕籠を担ぐ陸尺たちを見に、町民たちが集まってくる。その様子がぱーっと目に浮かんできてワクワクしました。主人公の桐生という人物をどんなふうに考えていったのでしょうか。
陸尺の中でも上大座配というトップクラスにいて、女性からモテまくっている。ついには深川芸者をものにして、天井知らずに舞い上がり、いつも上から目線。そんな桐生を救いたかったんです。自分で書いていても嫌なやつだと思うくらい、増長している彼を救うにはどうしたらいいか。一回落とす。とことんまで落ちた桐生が絶望から再生する、その姿を書きたかったんです。なので、まずは桐生がどうやって落ちていくかばかりを考えていました。
―― 陸尺は肉体労働でもあるので男ばかり。ちょっと荒っぽい世界でもありますね。
気に食わなければ侍にも喧嘩を売るぐらい乱暴者の集まりで、幕府が彼らを呼ぶ時の符丁が「我拶」でした。桐生は独身ですが、妻がいる上大座配の中には、おめかけさんを囲うような不届き者もいたみたいです。
―― 桐生と対照的な存在として、武士の
二次史料ではあるんですが、『サムライとヤクザ――「男」の来た道』(氏家幹人著、ちくま新書)という本に、有馬の殿様が湯屋で町人の背を流していたという記述があったんです。実際には諍いを恐れて渋々と流したらしいのですが、どうもその殿様が玄蕃頭ではないかと。ちょうど時代も合っていたので、アクセントというか、差し色的なキャラクターとしてうってつけかなと思い、キャスティングしました。
―― ほかの「キャスト」も魅力的ですね。桐生が転がり込む深川芸者の
市村座の騒動で陸尺が大暴れしたことも、その三か月後に「
―― 陸尺をはじめとして、見慣れない江戸の言葉が出てきますが、説明を最小限に、前後の文脈でわかるように書かれていて、江戸の雰囲気を楽しむことができますね。とくに粧香がお偉いさん相手に啖呵を切るところは最高でした。
創作のために必要だということもあるんですが、古本を集めるのが好きなんです。古本市で見つけた本に、啖呵の切り方が載っていて参考にしました。それをそのまま使うわけにはいかないので、本に載っている啖呵を女性が切ったらどうなんだろうとか、この状況でどんな言い方をするだろうかとか想像して書いています。後は落語ですね。私は落語が大好きなので、落語を聞いてなかったら、この言葉はここで出ないだろうなというせりふがたくさんあります。
―― 女性のキャラクターも魅力的です。啖呵を切る深川芸者の粧香もかっこいいですが、Sっ気のあるお姫様、梅渓院も小弥太があこがれるだけあって素敵です。
女性キャラクターで、書いていて楽しいのがあの二人のタイプなんです。粧香は深川の芸者さんなので自然に啖呵を切る場面を書けたのはよかったです。これからはもっといろいろなタイプの女性キャラクターを書いていきたいですね。
悲しいという言葉を使わずに、悲しさを表現する
―― 作家デビューまでの歩みも教えてください。神尾さんはこれまでどんな本を読んできたのでしょうか。
小さい頃はほかの子供と同じように子供向けの本を読んでいたんですが、十三歳の時に高村光太郎の『智恵子抄』を読んで、ものすごいショックを受けました。言葉に胸ぐらをつかまれたというか。
奥さんの智恵子さんが、今でいう統合失調症になり、肺気腫で亡くなるまでを詩で表現しているのですが、悲しいとか寂しいとかつらいという言葉を一切使っていない。すごいなと思いました。
そこからいきなり三島由紀夫を読み始めて、太宰(治)、谷崎(潤一郎)と読み進めていきました。
―― 高村光太郎を入口に、近代文学の森に入っていったんですね。
気に入ったくだりを書き出して、机に貼っていましたね。たとえば、三島由紀夫の小説に「波は明らかに酩酊していた」と書いてあったりすると、「何だこれは?」って。気に入った表現を書き写すと自分のものになったような気がしたんです。十四歳ってそういうことを真面目にやるんですよね。
―― 大人になってからも読書は続けられていたんですか。
『智恵子抄』が読書の原風景だとすると、二回目の衝撃は二十代後半に読んだ林芙美子の『浮雲』でした。フランス領インドシナの熱帯夜の描写や、ラストで死んでゆく主人公の表現が凄まじく、もの書きの
―― なるほど。では、読むことから書くことに進んでいったのはなぜでしょうか。
雑誌の編集とライターをしていたのですが、やりたかった仕事をして、乗りたかったオートバイに乗って、夫とあちこち旅に行って、まあ、これで上がりかな、と思っていました。ところが、四十歳になって、ふと思ったんです。一つだけまだ叶ってないことがある。それが小説を書くことでした。
それで最初はライターをやりながら小説を書いていたんですが、思うように書けません。日中、ライターとして取材をして記事を書き、夜か朝に小説を書く。そんな毎日を送っていたら、使う脳の部分が一緒なのか、脳が酸欠を起こしたみたいな状態になってしまったんです。それで両方はできないなと思って、小説を選びました。仕事ときちんと区別できる会社で働くようになって今に至ります。
江戸時代に実在した料理「玉子ふわふわ」とは?
―― 小説の書き方はどうやって身につけたのでしょうか。
まず小説の書き方の本を読みました。その中に、我流では絶対に作家デビューはできないと書かれていて、その本を書いた先生の小説講座に通うことにしたんです。でも、講座に通っても一年ぐらいは書けませんでした。生徒が書いた小説を二、三枚ずつ回し読みして、最後に先生が講評するんですけど、厳しい目で読まれることに耐えられそうになくて。一年ぐらいは人の作品を見て、それから提出するようになりました。
―― 四十代になって、小説を書こうと思った時に、こういう小説を書きたいと、すぐに思い浮かんだんですか。
なかったですね。最初はなんとなくミステリかな、くらいでした。
―― 時代小説を書くことになったのはなぜでしょう。
たまたまルアー釣りのルーツが日本にあることを知ったことがきっかけでした。餌の木と書いて
―― それまで時代小説を愛読していたというわけではないんですね。
ほとんど読んでいなくて、藤沢周平を読んだことがあるくらいでした。
小説講座で時代ものを書き始めて、すぐに先生が薦めてくれたのが隆慶一郎の『死ぬことと見つけたり』でした。「
それで、餌木のことを調べ始めて、三、四年書いては直し、書いては直しした作品がある文学賞の最終候補に残ったんです。これからは時代小説で頑張ろうと腹をくくりました。
―― 時代小説にどんな魅力を感じましたか。
電話もメールもなくて、話したかったら会いに行くしかない時代って面白いなあと。お手紙を書く手もあるんですけど、字の書けない人のほうが多かったので、代筆屋がいました。私は文明の利器に明るくないほうなので、江戸時代のことを調べていくうちに楽しくなってきたんです。ちょうど同じ頃に落語を聞きに行くようになったこともあり、江戸にどんどんハマっていきました。
―― 落語では柳家喬太郎師匠の大ファンだとうかがっています。『我拶もん』には落語の題材にもなりそうな江戸の庶民の生活も描かれていますね。居酒屋とか、そこで出る料理とか。「玉子ふわふわ」という料理が美味しそうでした。
玉子ふわふわって、名前がかわいくないですか。当時本当にそういう名前だったので、どこかで使いたいなと思ったんです。古本市に行くと、江戸の料理帳みたいなレアな本がぽっと置いてあったりします。有名なものでいうと、豆腐料理だけのレシピが百種類載っている『豆腐百珍』とか。そういう本を読むのが大好きなんです。
王道の真逆を行って、書きたいものを書く決意
―― 小説を本格的に書き始めて十年ぐらいですか。
数えてみたら、大体実働で七年弱ですね。三年くらいは遊んでいたことになります。遊んでいたというか、拗ねてました(笑)。
文学賞に応募して、一次や二次で落ちると、その年はやる気がなくなってしまう。だからロスタイムがけっこうあるんです。一昨年、小説すばる新人賞の一次も通らなかった時は、九月から年末まで純文学だけ読んでました。もうエンタメなんか読まないと(笑)。年が明けて、ようやく書きかけていた『我拶もん』を急ピッチで全面改稿したんです。
多分、自分自身が桐生みたいな、目の前が真っ暗な状態だったんだと思います。改稿している時にテーマがはっきりとしてきて、改稿前は、ただただ桐生が暴れていたという感じでしたが、改稿していくうちに、桐生と一緒に私も這い上がりたい、一緒にこの状態から出ていきたいという気持ちになっていったんだと思います。テーマが定まると、自然に、最初の原稿にはいなかった登場人物が出てきました。
――『我拶もん』は、これまで書いてきたものと違いがあると思いますか。
今までは、テーマをあまり考えてなかったなと思います。資料でこれ見つけた、こんなネタがある―― それで小ぎれいにまとめていた気がします。
『我拶もん』は主人公・桐生の転落からの再生へというテーマがあって、それはこれまでにもたくさん書かれてきた物語のパターンだとも言えるんですけど、でも、それを私はいま読みたいんだ、と強く思えたんですね。これを書きたいんだと。そこがこれまで書いてきたものと決定的に違うと思います。
―― その思いは文章からも伝わってきました。これからどんな作家をめざそうと思われていますか。
今回、陸尺というあまり知られていない職業の人を主人公にしましたが、これからもきっと、いわゆる王道と呼ばれるものの真逆をずっと行く気がします。私が興味を持つものと、読者の興味が重なるかどうかは不安なんですが、それでも、これが書きたいというものを書いていきたいです。
その上で常に意識したいのは、カタルシスがある物語を書きたいということです。小説だけが持つカタルシスがあるとしたら、ぜひとも形にしたいです。読者が私の書いた小説を読んで肩の力を抜いてくれたり、いい気分になってくれたり、くすっと笑ってくれたら、うれしいですね。
神尾水無子
かみお・みなこ
1969年東京都生まれ。『我拶もん』で第36回小説すばる新人賞を受賞。