[特集]
第4回 高校生のための小説甲子園
優秀賞作品発表!
恋愛、ファンタジー、冒険、ミステリー、時代もの……ジャンル不問のフレッシュなオリジナル短編小説を募集する高校生限定の文学賞「高校生のための小説甲子園」。応募者が通う学校の所在地により全国を7つのブロックに分けて予選を実施いたしました。選考の結果、予選通過原稿8作品(各ブロック1作、本年は東京ブロックから2作)が出揃いました。2023年10月22日に実施された「村山由佳先生による小説ワークショップ&本選」に参加した予選通過者の8名は、その場で出されたテーマ「涙」をもとに原稿用紙3枚程度の小説を執筆、予選の作品と本選の作品をあわせて第4回の優秀賞が選ばれました。村山先生からの総評と優秀賞の作品(応募作、課題作)全文を掲載します。
イラストレーション=結布
優秀賞
東海・北信越ブロック代表
とわ
(聖マリア女学院高等学校3年)
応募作「囀 る観覧車」
課題作「過去の夢」
ブロック代表 8名
北海道・東北ブロック
後藤恵生
(秋田県立秋田高等学校3年)
応募作「わたしとおとうと」
課題作「君は親不孝」
東京ブロック
織田みつき
(早稲田実業学校高等部2年)
応募作「ヴィオレッタの恋煩い」
課題作「どうか伝わっていてほしい」
東京ブロック
遠藤泰介
(海城中学高等学校2年)
応募作「古書店」
課題作「像の涙」
関東(東京以外)ブロック
藤原和真
(茨城県立竹園高等学校2年)
応募作「あなた以外のあなたの淘汰」
課題作「サービス・ライフ」
東海・北信越ブロック
とわ
(聖マリア女学院高等学校3年)
応募作「囀る観覧車」
課題作「過去の夢」
近畿ブロック
田平麻莉 <応募時のペンネーム: あさり>
(須磨学園高等学校1年)
応募作「あんず色の縁側」
課題作「純」
中国・四国ブロック
月途太陽
(徳島県立徳島北高等学校3年)
応募作「沈黙の海」
課題作「涙の理由 を教えて」
九州・沖縄ブロック
千歳美紅
(長崎県立長崎東高等学校1年)
応募作「霜月の追憶」 課題作「雨涙」
[総評]
選考委員 村山由佳
第4回「小説甲子園」、今年もたくさんの応募作をお寄せ頂き、ありがとうございました。湊かなえさんから大役を引き継ぎ、今回から参加させて頂くと決まった時、なんて素敵な試みだろうと胸が躍るとともに、正直、不安もありました。
何しろ、書くのは皆さん、高校生です。全国各ブロックから選び抜かれるとはいえ、作品の出来がどのくらいのレベルのものであるのか見当も付きません。いくら本選に残ったとはいえ全員が作家を目指しているわけではなかろうし、一般の小説新人賞の公募とも違うのだから、本選の日はその人のできるだけ良いところを見つけて、褒めて伸ばすことを心がけよう……そんなふうに思っていたのです。
今ここで、不見識をお詫びします。
ごめんなさい。皆さんの力を甘く見ていました。
できるだけ良いところを見つけるも何も、予選通過作品のどれもがあまりに良すぎて、一編また一編と読み終えるたび唸るばかりで声が出ないくらいでしたし、そして本選、こちらはなんたることか時間制限があります。私からいきなり〈涙〉というお題を与えられ、何をどう書くか考えている間にも、周囲からはパソコンのキーを叩く音やペンが紙をこする音がする……。原稿用紙三枚前後の作品を完成させる間じゅう、いったいどれだけの緊張を強いられたことでしょう。
「小説甲子園」は、答えの決まっているテストとは違います。たとえ他人の〈答案〉が見えたところで何の参考にも助けにもならない。
それだけに、あの緊迫した時間の中で皆さん一人ひとりがとことんまで自分自身と向き合った成果は、予想を超えて素晴らしいものでした。その人だけの観察眼や問題意識、価値観や死生観、何に感動し、何を好きなのか、ある物事についてどこまでなら譲れてどこからは許せないのか――それら、生きてゆく上で大事なことすべての〈カケラ〉が、意識的だったかどうかにかかわらず短い物語の中に滲み出ていて、一人ひとりの持ち味がみごとに表れていました。
何しろ甲子園と名前がついている以上は〈試合〉なので、どうしても誰かを選ばなくてはいけなかったわけですが、目に見える賞状を手にできなかった皆さんも決して負けたわけではありません。たった一時間半の中で、与えられたテーマに沿って自分だけの物語をきちんと完成させられる人が、この世界にいったいどれだけいると思いますか。堂々と胸を張って下さい。皆さんを尊敬します。
選考、というのは怖ろしい行為です。自分が相手を吟味し選考しているつもりでいて、じつは自分が吟味されている。何かを選ぶ時、私は、それを選ぶ私自身の価値観や能力、いわば人間を試されているのだと思っています。
今回も、だから心底悩み、迷いました。同じ場にいた信頼する担当編集者たちにも相談しましたが、最終的な決断は私が下しました。
特別賞に選んだ二人のうち、まず関東ブロック代表・藤原和真さんは、予選通過作品が抜きん出て素晴らしかった。おそらく、
もうひとかた、近畿ブロック代表・田平麻莉さんは、とにかく文章がいい。じつに艶っぽくて味わい深い、と同時に抑制のきいた文章を書かれる方です。文章に色気があるかどうかは持って生まれた声の美しさのようなもので、その人の作品をもっと読みたいと思わせてくれるかどうかにも関わってきます。ぜひ持ち味を大事にして、ますます磨いていって下さい。
さて、今回みごと優秀賞に輝いたのは、東海・北信越ブロック代表・とわさんでした。予選本選ともに、通常なら小説には仕立てにくい題材を独自の視点から切り取って作品に仕上げているところが強く印象に残りました。大きな出来事は何も起こらないのに、主人公の心の中には間違いなく変化が起きている。予選通過作品に対して私は二つばかりの注文を抱いていたのですが、本選ではそこを軽々と超えるような作品を読ませてくれました。
結婚して子をなした主婦が、カレーを煮込みながらとうにあきらめた昔の夢について
言葉で物語を紡いでゆく時、私たちは望めば何者にでもなれます。けれどどんなに望んでも、書き手としては自分以外のものになれません。巧くなりたいなら、人を感動させたいなら、まずは自分自身の内側を豊かにふくらませ、磨いてゆくしかない。少なくともその一点については、プロもアマも、性別も年齢も関係ないのです。
皆さんと同じ地平を見つめて進んでゆけることを心から嬉しく思います。
[リポート]
第4回 高校生のための小説甲子園
村山由佳先生による
小説ワークショップ&本選
2020年にスタートした「高校生のための小説甲子園」は、今年で4回目。全国の高校生から寄せられた応募作品から地区ブロック代表作品を選び、各ブロック代表者が本選で短編小説を執筆。その出来映えで全国一となる優秀賞を決める「甲子園形式」の小説新人賞です。今年から選考委員に就任した村山由佳先生が待ちかねる集英社に地区ブロック代表が集結し、今年も「小説」の熱戦が繰り広げられました。
構成=増田恵子
村山由佳先生
午前中 村山先生による講演と【本選】作品の執筆
「みんな緊張していると思うけれど、今日は楽しんでいきましょう」。にこやかに挨拶する村山由佳先生の言葉で、「第4回 高校生のための小説甲子園」の幕が上がりました。「すごい文章を書く人たちと一緒に参加できて嬉しい」「緊張はしているけれど今日が楽しみ」など、8人の参加者も今日への意気込みを交えて挨拶するうちに緊張がほぐれてきた様子。
最初のコンテンツは、プロである村山由佳先生から作家の卵たちへ向けた講演です。
「小説は、『読まれる』ことを意識して書くもの。自分の頭の中にある光景や感情を読者に伝えるには、どんな言葉で、どんな順番で描写を重ねていけばよいのか。自分の作品を一旦突き放して客観視する、俯瞰で見る目を持つのが大切です」
「作家を目指すなら、書き続けていくことが何より大事。そして、続けていくためには『この世界は自分にしか書けない』という題材を見つけて、それと地道に向き合うことです」
「私はデビューして編集者についてもらった時、すごく前へ進めたと思った。自分の作品を客観視するという意味で、編集者からの指摘はとても重要です。皆さん、ぜひ今の自分が書きたいことを自由にのびのび書いて、その上で『俯瞰の目』を意識してみてください」
村山由佳先生自身の経験も交えた講演に、各ブロック代表は真剣な表情で耳を傾けていました。
講演が終わると、いよいよ本選です。発表された第4回のお題は「涙」。ブロック代表はこのお題について、90分の時間で400字詰め原稿用紙2~3枚の短編小説を書きます。書くツールはPCでもスマホでも、もちろん原稿用紙に手書きでもOK。時間をフルに使って執筆に取り組みました。
昼休み
本選作品の執筆を終えたら昼休憩です。準備されたお弁当をつつきながら、会話の輪が広がります。「小説を書くのが好き」という共通点があるので、和気
午後 ワークショップと結果発表
昼休みの後は、ワークショップの時間。それぞれのブロック代表作品を本として売る時、オビに入れるキャッチコピーを考えます。
作品を要約するだけでなく、読者へ届ける時の橋渡しになるオビのコピーを書く。『執筆』は作家としての仕事で、『オビを考える』のは編集者の仕事。それを体験することで、作品を客観視する練習をしていきます。
〈例A〉
友人グループから離れ、知らない女性と観覧車に乗った「私」が気づいたこと――『囀る観覧車』のオビ案
① 二人きりの観覧車で、小鳥は静かに笑う。どうですか、雨の日の観覧車は。
② ページをめくる。ゴンドラが揺れる。一周するまで降りてはならない。
①は作中の要素をうまく抽出して雰囲気を伝えながら、どういう作品なのか言い切らないバランス感覚がいい。②のように短い文章を重ねると切迫感が出せるが、この作品がサスペンスのように受け取られる可能性も。
〈例B〉
母との関係に悩み、海辺を訪れた少女・海は、海翔と名乗る女性と出会う。『沈黙の海』のオビ案
① あなたの言葉で波が引いていく。
② 溜め込んだ思い。感情の津波。ちゃんとするってなんだ――。
作品の舞台となる「海」に着目した提案が多かったが、海を「穏やかな存在」と捉えるか、「激しいもの」と捉えるかで方向性が大きく異なっている。②の『津波』という言葉は、作中の人間関係を想起させるもので、よいアイデア。
参加者が考えたオビを講評するとともに、村山由佳先生からは「創作時の注意点」がいくつか提示されました。
・自分の作品に「企み」を持つ。
・既存の難しい熟語を避けて描写する。
・センシティブなテーマを取り扱う際の心構え。
さらに、参加者から村山由佳先生への質問タイムも。またとない機会とあって、参加者からは「小説家になるため高校時代にやるべきことは?」「スランプの脱出法は?」「キャラはどうやって作る?」など、様々な質問が殺到。村山由佳先生も、時間の許す限り丁寧にアドバイスされました。
静かな熱気漂うワークショップの時間が終わると、結果発表です。発表前に村山由佳先生の口から出たのは、8人の健闘を讃え、短い時間でどんどん実力が伸びていることへの激賞の言葉。作品それぞれが個性的かつ素晴らしい出来映えで、優秀賞の選定には大変な苦労があったようです。
そんな中で選ばれた優秀賞は、東海・北信越ブロック代表、とわさん。本選作品の『過去の夢』は、何気ない日常の瞬間を切り取り、小説にする手腕が高く評価されました。さらに、関東(東京以外)ブロック代表の藤原和真さんと、近畿ブロック代表の田平麻莉さんに特別賞が授与されました。
「みなさんにはぜひ文学賞に応募することも考えてもらいたい。きっとすぐ、私のライバルになる人が出てくると思います」という村山由佳先生からの激励の言葉は、参加者の心に深く響いたことでしょう。
表彰式の後は撮影タイム。全員揃っての記念撮影や、村山先生が一人ずつにサインを書きながらの撮影タイムで、最後まで和やかな空気の中、第4回本選は終了しました。
優秀賞を受賞したとわさんへ賞状を授与する村山先生。
参加者コメント
第一線で活躍されている村山先生や編集者の方に文章の講評をいただくという、とても貴重な体験が出来ました。また、同世代である他ブロック代表の方の発想や表現力に刺激を受け、創作の奥深さや楽しさを改めて強く実感しました。 後藤恵生
ブロック代表の方達の作品を事前に読んだ時、こんなに素敵な物語を描いている同世代の仲間がいたことを知り、本番の日までずっとドキドキしていました。そして何より初めて誰かに、しかも村山由佳先生にも私の書いた話を読んで頂けるという機会を頂き、自分の作品が他の誰かに読んでもらい感想を頂けるというのはこんなにも嬉しいことなのだと実感しました。そうして村山先生、そしてブロック代表の方達に感想を頂けたことで、自分の強みと何が足りないかに気がつくことができ、これからも小説を書き続けようと決めました。 織田みつき
僕は今年の8月に俳句甲子園にも出場しました。といっても小説甲子園当日の緊張は並大抵の物ではなく、電車の乗り換えを間違えてしまったほどです。けれども、会場に着いてからは緊張より自分たちの小説を語れる嬉しさが勝り、あっという間に終わってしまいました。来年出られるかはわかりませんが、小説は続けようと思います。ありがとうございました。 遠藤泰介
二度目の出場ということで、今回の小説甲子園は「勝とう」と心に決めて挑みました。結果、勝ちきれませんでした。悔しいです。しかし振り返れば、今回の小説甲子園はすごく大事なものを与えてくれました。単純な勝敗よりずっと大事な何かを。いやでもやっぱり悔しいです。本当。 藤原和真
先日は有意義な時間を過ごさせていただきまして、本当にありがとうございました。他のブロック代表の方々の作品を初めて読んだとき、それぞれの個性が輝く文章や物語の構成に感銘を受けました。私の作品を村山由佳先生から講評して頂いたという貴重な経験を人生の糧として、これからも創作活動と真摯に向き合っていきたいです。 とわ
まさか自分がこのような場所に参加できるとは思っていませんでした。村山先生に作品の講評をいただけて、とても勉強になりました。自分と少ししか歳が変わらない人たちが、本当に面白い小説を書いていたのが刺激になりました。ありがとうございます。 田平麻莉
初めて書いた小説が、中国・四国ブロックの代表に選ばれて、本当に驚きました。村山由佳先生の小説が大好きなので、ご本人から私の書いた小説の講評を頂いたとき、緊張と嬉しさで体がガチガチでした(笑)。今回の経験を糧として、さらに創作に打ち込んでいきたいと思います。ありがとうございました! 月途太陽
実際にプロの作家である村山先生から、的確なアドバイスをいただけたこと、そして自分と同じ位の年齢の人達が、自分と同じように小説を書いているということがとても嬉しく、良い刺激になりました。 いつか本当に作家としてデビューできるよう、小説を書き続けていきたいです。 千歳美紅
後列左から、織田みつきさん、藤原和真さん、村山由佳先生、遠藤泰介さん、後藤恵生さん。前列左から、千歳美紅さん、月途太陽さん、とわさん、田平麻莉さん。
※詳しいリポートは「小説甲子園」WEBサイトで公開中です。
https://lp.shueisha.co.jp/koushien/
村山由佳
むらやま・ゆか●作家。
東京都生まれ。立教大学文学部卒。会社勤務などを経て作家デビュー。1993年『天使の卵――エンジェルス・エッグ』で小説すばる新人賞を受賞。2003年『星々の舟』で直木賞を受賞。09年『ダブル・ファンタジー』で柴田錬三郎賞、中央公論文芸賞、島清恋愛文学賞を受賞。21年『風よ あらしよ』で吉川英治文学賞を受賞。