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受賞記念エッセイ/本文を読む

第36回小説すばる新人賞
神尾水無子 令和のお江戸で、我拶がさつもんに出逢う
受賞作「我拶がさつもん」

[受賞記念エッセイ]

令和のお江戸で、我拶がさつもんに出逢う
神尾水無子

 数年前、神保町の神田古本まつりにて。
 渉猟しようりようしていると、江戸時代の資料を並べた書店を見つけた。開いたページに「我拶」の文字が。その時、主人公の一人、桐きりゆう生が背後から「よーう」となれなれしく、わたしの肩を叩いた。チーム「我拶もん」の、メンバーが集まり始めた瞬間だった。
 深川江戸資料館からの帰り道にて。
 乙粋おついきな芸妓のおねえさん衆が、紳士を取り囲みながら歩いていた。華やかな雰囲気に、道行く人が振り返る。ふと、一人のお姐さんと目が合った。その時、匂い立つようなあでな姿の粧香しようかが現れ、物語のシーンさながらに、わたしに流し目をよこした。
 贔屓にしている噺家はなしかさんの高座にて。
 大好きな演目『芝居の喧嘩』。旗本・水野十郎左衛門みずのじゆうろうざえもんの四天王と、俠客・幡随院長兵衛ばんずいいんちようべえ手下てかが大立ち回りを繰り広げる。その時またもや桐生が、さらに宿敵の小弥太こやたも立ち上がり、取っ組み合いの喧嘩を始めた。桐生の陸尺ろくしやく仲間、翔次しようじ龍太りゆうたが懸命に止めに入る。
 自宅の作業部屋にて。
 わたしは歴史について専門的に学んだことはない。小説講座の先生から「あなたは時代ものを書いたら」と勧められ、慌てて書店に走った。手にしたのは中学生向けの江戸時代の図鑑。それから少しずつ、小難しい本を読むようになり、それらしきものを書き始めた。
 編集者兼ライター時代の習い性か、ものを調べる作業は楽しかった。その後、何年も結果を出せず、何本も日の当たらない拙作を書き散らかすとは夢にも思わず。けれど今、信じられない栄誉を授かった。
 小説すばる新人賞に向けて日々、努力されている皆さまへ。
 こんな作者でも受賞できるんだな、と少しでも励みになれば幸いです。


撮影=藤澤由加

神尾水無子

かみお・みなこ●1969年東京都生まれ

『我拶もん』

神尾水無子 著

単行本・2024年2月26日発売予定

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