[本を読む]
自分のすべてを捧げた批評家の真骨頂
かつて中森明夫は「アイドルは時代の反映ではない。時代こそがアイドルを模倣する」と
中森明夫は、そんな時代の変遷をずっと眺めてきた。本書で語られるのは、そんな彼の赤裸々なアイドル遍歴だ。11歳で南沙織を聴き衝撃を受けた少年が、東京に出て新人類の旗手と呼ばれ、あまたのアイドルを見ては興奮し、業界の裏も表も垣間見て、やがて還暦を迎える物語だ。
しかも驚異的なことに、そこにはアイドルの歴史が丸ごと収められている。もちろん歴史のすべてを語るなんて不可能だ。だがアイドルに捧げたと言っていい中森明夫の人生を描くならば、松田聖子やAKBはもちろん、チャイドルやバーチャルアイドルをはじめ、ゴクミやあいみょんにいたるまでの、特筆すべきアイドル周辺の動きを漏らさずおられようか。この本には、そういう気迫がある。
前述のごとく、アイドルの人気には浮沈がある。にわかにアイドルを語る人たちも、現れては消えていく。そうした世間をどこ吹く風と、中森明夫はひたすらアイドルを見つめ、語り続けてきた。だが、この本からは「やがて誰もがいなくなってしまう」という
全身で体験し、実存をもって書く。今どきほとんど見ないが、これぞストロングスタイルの、正統な批評家の姿だ。中森明夫は自覚的にそれをやっている。こういう批評家の系譜を知らない読者にはただのオタクの「自分語り」と思わせつつ、本気の批評を試みている。
中森明夫は「批評家とは、ファンに向けて語るものではない。社会に向けて発信するものだ」と述べる。つまり本書は、アイドルを社会へ接続するため、自身のすべてを捧げるものなのだ。こんな書き方は、中森明夫しかできない。この人生経験の質と、筆致の熱と、批評性の高さを兼ね備えることは、彼にしか不可能だ。誰もがアイドルを語るが、中森明夫のように語ることは、中森明夫にしかできない。この本で、その真骨頂を味わえる。
さやわか
さやわか●批評家