[本を読む]
絵筆で描かれたような
「死」についての「経典」。
この本を読もうとすると、まず、読みにくいほどの小さな文字で書かれた「注意」が目に入る。
〈これはファンタジーとして、半分はファンタジーの話として読んでください。あるいは物語でもかまいません。そういうふうに読んでもらわないと、最初の何行かでこの本を閉じてしまう人がいるかもわからないからです。
でも、僕は、そういう人にこそ読んでもらいたいと思います。〉
幼い頃から、横尾忠則という人はずっと「死」について考えてきた。思えば、1960年代にぼく自身が初めて買った横尾忠則の本は『横尾忠則遺作集』だった。ある意味では、そこからあとは、彼はずっと死後を生きてきたとも言える。事あるごとに「死」について語り、絵画表現のなかにも「死」のモチーフを描き続けてきた横尾忠則が、書籍一冊分の言葉で「死」について語るとしたら、どうなるのか。その答えがこの『死後を生きる生き方』である。そして、その本にほんとうの意味で触れるためのカギが、冒頭の「注意」だったとも言える。
ずっと考えてきたことだけに、作者の「死」についての知識や教養もずいぶんと大量に蓄積している。本は読まないほうだと公言しているが、この本のなかにはかなり大勢の人の名前や考えが引用されてもいる。横尾忠則は、実は「死」についての研究家でもあったとも言えるだろう。ただ、その研究が、アカデミズムの方法をとってないということである。読んだり知ったりして感じたこと考えたことを、絵筆を持って絵を描くようにひと筆ずつ塗り込んでいく。絵を描くということは、論理の整合性だとか科学的な約束事などを超越している。それは文字にしたらファンタジーであり、詩であり、歌のようなものになる。そして、この方法で語られる「死」は、とてつもなくおもしろくて飽きないし、こころにずんずん響いてくる。これは何度もたのしんで読み返したくなる「経典」でもある。
糸井重里
いとい・しげさと●コピーライター