[今月のエッセイ]
騙されまいと思って
私はきっと、
そんな私だが、実は騙されるのは嫌いじゃない。もちろん実生活で騙されるのはまっぴらだが、こと書店に行くと「あなたは絶対騙される!」「驚愕のどんでん返し!」などの帯やPOPに、ふらふらと吸い寄せられてしまう。こういう
だが、こと自分が騙す立場に回ると厄介だ。以前、とある読書レビューサイトに「この作者は読者の先入観を引っくり返すような展開がお得意なようで……」というコメントをいただいたが、決して得意なわけではない。確かに今までの作品は、序盤に主人公の印象が引っくり返るような仕掛けを組み込んだり、読者のミスリードを狙うような書き方をしてきた。『日本おいしい小説大賞』の受賞が現在の作家活動につながっている私だが、すでに沢山のおいしい小説がある中で自作に興味をもってもらうには、おいしさ以外のフックが必要なのでは? と考えたからだ。新米料理人の自分には熟練のシェフが作るような、絶妙な火加減のふわとろオムライスはお出しできない。だがチキンライスの中にハンバーグを仕込んで、びっくりしてもらうことはできるかもしれない、という作戦だ。
実は、どんでん返しの取っ掛かりとなるアイディアを思いつくこと自体は難しくない。「丸くて赤い林檎だと思っていたものが、本当は風船でした」くらいの、シンプルなものでいい。しかし受け皿になる物語を考えることが、一筋縄ではいかない。それは私にとってはさながら、持ち上げられそうもない巨大な
今回初めて、短編でのどんでん返しシリーズにチャレンジすることになった。一作完成させるまで何度も打ち合わせをし、ボツになったアイディアもたくさんある。だが紆余曲折の末書き上げた作品は、掲載誌を読んだ他社の編集者さんからも「今回も騙されました!」「騙されまいと思って読み始めたのに、やられました」等ありがたい感想をいただいた(私が打ち合わせ後の雑談のたびに「今はどんでん返し短編に苦戦してまして……へへ……」と息も絶え絶えになっていたので、半分は励ましだったのかもしれないが)。当初の目標だった五本目の作品を書き上げたときは、心の底からほっとした。そして思った。どんでん返しは当分いい、
このたびありがたくも一冊の短編集として発売されることになり、タイトルは『ずっとそこにいるつもり?』に決まった。映画宣伝会社で働く女性とその夫、姑を軸に展開する「あなたのママじゃない」。進路に悩む大学生が主人公の「BE MY BABY」。売れない漫画家がかつて
タイトルの『ずっとそこにいるつもり?』は、主人公たちへの問いかけであると同時に、瓦礫と格闘するばかりでなかなか原稿を書き始められない私に向けられた言葉のようでもある。執筆に手こずったぶん読み応えのある短編集になっているので、どうかぜひ、騙されまいと思ってお手に取ってみてください。
古矢永塔子
こやなが・とうこ●作家。
1982年青森県生まれ。2017年より小説投稿サイトにて執筆活動を始め、2018年『あの日から君と、クラゲの骨を探している。』でデビュー。2020年『七度笑えば、恋の味』で第1回日本おいしい小説大賞を受賞。他の著書に『今夜、ぬか漬けスナックで』がある。