[本を読む]
子どものための政治は、
大人を豊かにする
私は二〇一八年七月に、埼玉県東松山市の市長選挙に立候補した。そもそも私は一年しかそこに住んでおらず、知り合いも全くおらず、その上、あらゆる組織からの支持を得られず、しかも私を担いだ人々と喧嘩して、公示日一週間前に、全員を後援会から放逐してしまったので、当然のように惨敗した。
この選挙の中心思想は、「子どもを守ろう」であった。全ての子どもをあらゆる暴力から守ることを政治の原則とすべきなのだ。原則というのは、あらゆる政策の可否を判定する基準のことである。
この段階で、私は迂闊にも、兵庫県明石市の泉房穂市長が、子どもを中心にした市政を展開していることも、泉氏が、私が強い思想的影響を受けた石井紘基の系譜を継ぐ政治家であることも知らなかった。もし、明石市の例を挙げて選挙戦をやっていれば、もう少し良い勝負ができたかもしれないが、五年前は、その程度であった。
しかし、この二年で、事態は大きく転換した。以前は、この政策を掲げて圧倒的な支持を得られたのは、泉市長本人だけであった。ところが、泉市長が突然に不在になったことで、この力が普遍性を帯び始めた。もし私がいまあの選挙を、泉房穂の支援を得てやれば、勝つかもしれない、とさえ思う。
これは、泉氏が、泉房穂市長の不在という空白を自ら作り出したことで起きている地殻変動である。泉氏の活躍により、「大人のための政治か、子どものための政治か」が真の対立軸であることが証明された。大人のための政治は子どもを犠牲にするが、子どものための政治は、大人を豊かにする。この真理が人々に理解されたとき、日本の政治構造は一挙に転換するはずである。
本書は、この地殻変動を惹起した人物の思想が明らかにされている。日本社会の閉塞を打ち破ろうとする人は、必ず紐解くべきであるし、これを読めば、なぜ、子どもをはじめとする弱い人々を、政治家が自らの手で助けようとすることが、社会全体を良い方向へ導いていくのか、が理解できるはずである。
安冨 歩
やすとみ・あゆみ●東京大学東洋文化研究所教授