[本を読む]
タフでやさしい居場所の物語
韓国の小説を読んでいると、若い人たちの問題意識がほとんど日本と変わらないことに驚くときがある。今感じている絶望や描かれる主題が似ていて、しかしそれでいて日本よりも環境はよりシビアなのだ。しかし本書の著者は、国境を越えて私たちが今抱えている絶望や葛藤を、やさしく、まろやかに、溶かしてくれる。書店という、街の一角を舞台にして。
カフェ併設の書店「ヒュナム洞書店」を経営するのは、会社を辞め書店を始めることにした30代のヨンジュ。彼女のもとで、ミンジュン青年がバリスタとして働き始める。ヨンジュの選んだ本、そしてミンジュンの
本書に登場するキャラクターは、皆「いい学歴をつけ、いい会社に入り、一生懸命働く」社会に対して疑問を抱いている。受験も就職も労働も、韓国の競争社会は日本以上に過酷で、並大抵の人間が走り続けられるものになっていない。しかもそこから脱落した人々にとっての居場所が少ない。だからこそ主人公のヨンジュは、ヒュナム洞書店という居場所を創り上げようとする。その営みはまるで、本書に何度も登場する『ライ麦畑でつかまえて』の主題を継承するかのようである。
しかしヨンジュの書店経営は、決して夢の中のユートピアではない。どうしたら書店を経営し続けられるのか、持続可能な働き方とはどういうものなのか、彼女はきわめて現実的に悩み続ける。そしてそんな彼女を、いつしか周囲の人々は助けるようになる。その過程で就活に失敗して悩んでいたミンジュンをはじめ他の人々もまた、変わってゆく。そして読後、読者までいつのまにか心が軽くなっているはずだ。
私たちは、今の社会で、どうしたら希望を持って生きていくことができるのか? そんな問いを、タフでやさしい物語とともに描いた本書は、きっと日本に生きる私たちにも確かな希望を照らしてくれている。
三宅香帆
みやけ・かほ●書評家