[本を読む]
スポーツ界の問題と可能性を
「わきまえず」に提示
永遠の、“憧れの先輩”。それが私にとっての山口香さんである。山口さんは、日本で女子柔道がまだ盛んではなかった時代に日本代表として世界一となり、女三四郎と言われる存在に。その闘いぶりに「格好いい!」と心を奪われた少女は、私だけではなかろう。
二十五歳で引退した後は、大学教授、日本オリンピック委員会理事、全日本柔道連盟監事等、様々な役職を歴任。柔道界のみならず、スポーツ界全体に鋭い提言を行っているのであり、畳を下りてからも闘いを止めないその姿勢に、私は憧れ続けているのだ。
『スポーツの価値』は、そんな山口さんが日本のスポーツ界の問題点と、スポーツの可能性について記した書。オリンピックの役割、政治とスポーツの関係性、ジェンダーの問題からメディアの役割まで、時には「ここまで書いてしまっていいの?」と思わせるほどの筆致が清々しい。長年スポーツ界の中枢に身を置き、様々な闇を見てきたであろう山口さんならではの問題提起が、本書ではなされているのだ。
同時に山口さんは、スポーツの光を見てきた人でもある。男性が圧倒的に力を持つスポーツ界で自分の意見をまっすぐ主張できるのは、「自らの想いや考えをひるまずに相手に伝える力、強い相手であっても堂々と立ち向かえる気概」が、柔道によって育まれたからであろう。スポーツは、身体のみならず精神も鍛えるものであることを山口さん自身が熟知しているのであり、その機会を全ての人にもたらすべく、この本は書かれている。
スポーツ界は一般社会の縮図であり、先行指標でもある。性、年齢、身体能力、経済力等の差を超えて、全ての人が様々なことに挑戦できる社会の実現のためにも、スポーツ界の進化は必須。あまりにも「わきまえて」おられるスポーツ界の男性達の中から、今後は“女三四郎”ならぬ“男山口香”の登場が待たれてならない。
酒井順子
さかい・じゅんこ●エッセイスト