[本を読む]
まなざしの暴力を、
「つながり」ではねのける
「私は初めて会う人の目が怖いです。これまでたくさん嫌な想いをしてきたからかもしれません」
本書の第一章は、このような言葉から始まる。
著者の山川記代香さんには、生まれた時から、トリーチャー・コリンズ症候群という病名が与えられている。これは約1万~5万人に1人の割合で表れるとされる先天性疾患であり、山川さん自身は「顔がうまく形成されない難病」と表現している。
顔周辺の骨が形成されないことにより、特徴的な見た目となりやすいほか、聴覚や呼吸などの障害につながることもある。山川さん自身も、耳の形成や気道の確保のためなど、小さな頃から多くの手術を重ねてきた。
そうした山川さんが記しているのは、トリーチャー・コリンズ症候群の医学的特徴、ではない。患者体験や入院体験の苦労、でもない。
日常の暮らしの中で、向けられたまなざしや言葉のひとつひとつが、いかに傷つくものであるのか。当事者から見た社会の風景が、読者も追体験できるような仕方で、丁寧に綴られているのである。
「ただ歩いているだけ。ただ買い物をしているだけ。ただご飯を食べているだけ」。それだけでも山川さんには、好奇のまなざしが、無遠慮にぶつけられる。その度に、ひとりの人間である山川さんは、涙を流す。
まなざしが暴力になること。その暴力により、多くの諦めや悲しみを味わうこと。そのことを、本書は強く訴える。
一方で本書には、両親、教員、友人など、山川さんが過ごしやすい環境を作るべく奮闘する人の姿も描かれる。とりわけ、偏見や差別をなくすために、障害などへの理解を共有しつつ、「山川記代香」個人がどのような人間であるかを伝え続けること。そのことで山川さんが、「何度でも立ち上がれる」と、自分と世界を信じるまでに至るプロセスが活写されている。
あなたも読書を通じて、山川さんに接してほしい。そのことでまた、世界にひとつ、安心できる場所が増えるはずだから。
荻上チキ
おぎうえ・ちき●評論家、ラジオパーソナリティー