[本を読む]
恋愛小説不在の時代に描く、
恋愛讃歌
上田岳弘は、現代から、あるいは過去から転生しながら、世界や人類の来し方行く末を、壮大な世界観で描く作家という評価に異存はない。だが上田は、心に鎮座する恋人の存在をフィルターにして、主人公が物事を見つめ、理解する展開を好んで書いていることも訴えておきたい。
本書『最愛の』の主人公・
望未をめぐる回想を受け止めるのはふたり。ひとりは、久島がラプンツェルという源氏名で呼びかける、愛人業兼大学院生だ。思い出の中の恋人の話を聞いてもらうことだけをラプンツェルに求めている、彼女の余命幾ばくもないパトロンも、久島のように忘れ得ぬ恋人に囚われている。もうひとりは、コワーキングスペースで親しくなった
恋愛はいつか時間や忘却に飲み込まれる代替可能なものとして扱ってきた上田が、本作では初めて、恋愛の絶対性、他の存在では埋めることのできない永遠を描き出した。望未との会話で出てきたエドガー・アラン・ポーの詩「
三浦天紗子
みうら・あさこ●ライター、ブックカウンセラー