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上田岳弘『最愛の』
を三浦天紗子さんが読む
恋愛小説不在の時代に描く、恋愛讃歌

[本を読む]

恋愛小説不在の時代に描く、
恋愛讃歌

 上田岳弘は、現代から、あるいは過去から転生しながら、世界や人類の来し方行く末を、壮大な世界観で描く作家という評価に異存はない。だが上田は、心に鎮座する恋人の存在をフィルターにして、主人公が物事を見つめ、理解する展開を好んで書いていることも訴えておきたい。
 本書『最愛の』の主人公・久島くどうにとって、そんなファムファタルとなるのは望未のぞみという女性だ。久島は中学時代から密かに彼女を意識していて、高校になってからは長く登校できず二学年下となってしまった望未と文通を始めた。彼女からの手紙は必ず〈最愛の〉という宙に浮いたような尻切れの言葉で書き出されるが、そこに込められた想いをなかなか久島は読み取ることができない。彼女の訃報で終わったかに見えた関係だが、久島は生きていた望未と再会する。手紙のやり取りもまた、始まっては途絶える。
 望未をめぐる回想を受け止めるのはふたり。ひとりは、久島がラプンツェルという源氏名で呼びかける、愛人業兼大学院生だ。思い出の中の恋人の話を聞いてもらうことだけをラプンツェルに求めている、彼女の余命幾ばくもないパトロンも、久島のように忘れ得ぬ恋人に囚われている。もうひとりは、コワーキングスペースで親しくなっただ。〈忘れられない誰か、あるいは物事について語るのは、自分自身について語るのに等しい〉と促され、久島は文章にしたためていく。〈最愛の〉に続く言葉や望未が抱えていた秘密、ラプンツェルの住んでいるタワマンを探し当てる〈塔当てゲーム〉を追いかけていった先に待つカタルシス。
 恋愛はいつか時間や忘却に飲み込まれる代替可能なものとして扱ってきた上田が、本作では初めて、恋愛の絶対性、他の存在では埋めることのできない永遠を描き出した。望未との会話で出てきたエドガー・アラン・ポーの詩「大鴉おおがらす」。そこでリフレインされる〈ネバーモア〉の響きが、本を閉じても消えない。

三浦天紗子

みうら・あさこ●ライター、ブックカウンセラー

『最愛の』

上田岳弘 著

9月5日発売・単行本

定価 2,310円(税込)

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