[特集対談]
人はあまり「顔」を見ていないんです
本誌連載時より大きな反響を呼んだ姫野カオルコさんの「顔面放談」。単行本刊行を記念して、挿絵を担当した漫画家・もんでんあきこさんとの対談をお届けします。幼少期より、いろんな人の家に預けられて育った姫野さんは、〈人の顔色をうかがう性質〉を身につけました。同時に、〈顔そのものをじーっとうかがう癖〉を身につけたといいます。そんな年季の入った独自の観察眼と批評眼が炸裂した本書は、姫野さんが愛する昭和の映画を中心に、「映画×顔」をテーマとしたユーモア溢れるエッセイ集です。
漫画家として、顔のスペシャリストでもあるもんでんさんと姫野さんにとっての顔とは。お二人はどのように「顔」を見ているのでしょうか。
マスクペイント・イラスト=もんでんあきこ
構成=砂田明子/撮影=大槻志穂
すっごく楽しい連載でした
―― 連載のきっかけは編集者の提案だったと伺いました。『週刊文春』の「顔面相似形」に20年以上投稿されるなど、「顔」に並々ならぬ思いを抱いていらっしゃる姫野さんに、「顔」をテーマに書きませんかという依頼があったんですね。
姫野 依頼されたとき、ちょうど一人で“フェア”をしていたんですよ。何度も映像化されている作品ってありますよね。『春琴抄』とか『伊豆の踊子』とか。それらの映像化作品のなかで、どれが一番かを決めるフェアを一人でしていたんですが、淋しかったので、DVDを勝手に知人に送りつけて投票してもらったりしていました。そんなときだったので、一人フェアの結果発表も連載の中でできるかなとノリノリで受けたんです。それはできずに最終回を迎えましたが。
連載にあたって、絵を描いてくださる方の候補を編集者が考えてくれていたんですが、私は「もんでんあきこさんに、ダメもとで」とお願いしました。漫画家の方は連載を抱えていらっしゃるので、無理な場合もあるだろうと思っていましたが、受けていただけて本当にうれしかったです。ありがとうございました。
もんでん こちらこそ。ピンポイントでご指名いただいたのが本当に光栄でした。月に1枚、ワンカットなので、これは大丈夫と思ってお受けしました。
姫野 雑誌『コーラス』に連載されていた『太陽と雪のかけら』も読んでいましたが、あの頃は少女漫画風でしたよね。
もんでん そうですね。
姫野 『雪人 YUKITO』(原作・大沢在昌『北の狩人』)の頃になると、青年誌のタッチになられて、より好きになったんです。もんでんさんが描かれた大沢さんの似顔絵も見て、もんでんさんは、俳優さんもいける! と見込みました。
もんでん ありがとうございます。
姫野 私、自分の作品が映像化されるのが夢なんですけれど、お話を毎回いただくものの、なかなか実現しないんです。今回、自分が希望した方が、自分の文章に絵を描いてくださって、それが毎回、毎回、素晴らしくって。約一年半、すっごく楽しい連載でした。
もんでん そう言っていただけてうれしいです。毎回文章を楽しく読ませていただいて、描く人を決めたら画像検索するんですけど、知ってる人でも、昔はこういう感じだったんだとか、見たこともなかった表情とかがでてきて、面白いなあと思って。描きたい顔をピックアップしてそれを参考にして描くこともあれば、この画像とこの画像を組み合わせてこう見せようとか、そうやって考えるのも含めて、とても楽しいお仕事でした。絵に添える一言は、くすっと笑ってもらえたら、という気持ちで書いていましたね。自分としては、「子役の長門裕之は長門裕之すぎた」を気に入っています。
姫野 笑いました。〈『無法松の一生』は
もんでん はい。子役の長門裕之がすごくかわいいんだけど、顔が変わっていない(笑)。主役の阪妻(阪東妻三郎)も昔からカッコいいなと思っていたので、あの回は、阪妻が描けるのもうれしかったですね。
イケメンより、
情報量の多いおじさんの顔が好き
姫野 もんでんさん、おやじが好きなんだな、というのが回を重ねるごとにわかってきました。もともと漫画を読んで、おやじが上手だなとは思っていたんですけど、女性漫画家では珍しいですよね。イケメンが上手な方は多いですが、おやじを描ける女性漫画家って少ないと思います。
もんでん さきほど挙げていただいた『雪人』はおやじ天国なので、描いていて楽しかったです。私は情報量が多い顔が好きなんです。イケメンって線が少ないんですよ。だから情報量が少なくて、その人っぽさが描けないのがつまらないんですね。対しておじさんは、シワとか輪郭のたるみとか、これはおじさんに限りませんが目の表情とか、顔の左右のバランスが整っていないとか、あと、人は髪の生え際にもけっこう個性が出たりして、見どころが多いんです。
―― 13章〈世界で一番美しい少年〉では、『ベニスに死す』の美少年タジオ役でスターになったビョルン・アンドレセンを描かれていますが、もんでんさん、60代になったアンドレセンに〈こっちのイケオジ推し‼〉と書かれていましたね。
もんでん そうそう(笑)。
姫野 私もアンドレセン、60代になった今もすてきだと思います。歳をとって無残、みたいなことをネットに書かれているのが不思議。彼を追ったドキュメンタリー映画『世界で一番美しい少年』を見ると、今の世の中に適応できないまま、タジオ少年のまま暮らしているんですよ。それも全然がっかりしなかった。ポエティックな老人でした。
もんでん はい。すごくすてきです。60代のアンドレセンのように、私がうまく描けたなと思うのは、性別問わず、情報量が多いタイプの人なんです。たとえば飯田蝶子さんの顔はすごく好きなんですが、草刈正雄とか、阿部ちゃん(阿部寛)とか、イケメンの方は、ちょっと難しいんですよ。整っている人って、誰が描いても整っている顔になっちゃうので。
姫野 わかります。ただ、美人・イケメンと言われる人と、顔の整った「
もんでん 二人が整人?
姫野 はい。森口博子は、キャラは三枚目なんですけど、顔は整っています。それから宮本信子も、左右対称の整った顔です。楠田枝里子は整人代表のようなすごく整った顔なんですが、同意してくれた男性は一人もいません。男の人って、色気のある人を美人って言うんですよ。黒木
もんでん ああ、わかります。楠田枝里子は顔の印象より、帽子や髪型の印象のほうが強いんですよね。この本の中で姫野さんが、人はあまり「顔」を見ていないとしきりに書かれていて、なるほどと思いながら毎回絵を描いていました。気づかされることが多かったです。
姫野 男の人は特に顔を見ないですよね。
もんでん 黒髪ロング=美人、笑顔=美人も根強いとも書かれています。
姫野 そうなんです。浅野温子と、東京ボンバーズの人(佐々木ヨーコ)と、重信房子、最近だと三浦瑠麗さんの区別がつかない男性はけっこういると思います。そういう人にとっての美人って簡単なんですよ。黒髪ロングに白いブラウスを着て、膝下くらいの紺のスカートをはく。ファンデーションを濃く塗って、口紅はすごーく薄く塗る。そうすればナチュラルメイクの美人になるんです。ぜんぜん顔を見ていないから。
理想の“外見人生”とは?
姫野 ちょっと顔から話が逸れますが……もんでんさんは漫画家なので、体や骨格の動きもよく見ていると思うんです。でも、人ってけっこう見ていなくて。小島よしおの〈そんなの関係ねぇ〉っていうギャグが以前、流行りましたよね。あの動き、子どもがよく真似していたんですが、だいたい間違ってるんですよ。膝から下だけを上下させてる人が多いんですが、小島よしおは、太もも(大腿四頭筋)を持ち上げて足全体を前後に動かしているんです。あれを片脚立ちでやるのって、かなりの運動量なんです。ちょっとやってみますね。
(姫野さん実演。)
小島よしお〈そんなの関係ねぇ〉の足の動きを実演中。「裾長シャツと雨靴で来たのは大失敗。いくら紐でダボパンツを縛っても、体軸が歪んで見える(涙)」と姫野さん談。
もんでん !! たしかにけっこうな運動量ですね……。よくわかりました。
姫野 今日はこれをやるために、編集者に紐を用意してもらいました。パンツの裾がひらひらすると、わかってもらいにくいと思って。
―― ありがとうございます。こちらも顔からちょっと離れますが、姫野さん、「声」が人の印象に大きな影響を与えるとも書かれています。〈声は見えない顔〉だと。
姫野 あの回は、もんでんさんに申し訳なかったです。描きにくかったですか?
もんでん いえ、森雅之が出てきたので。
姫野 よかった。きっともんでんさん、森雅之好きだわと思ったんです。
もんでん いい感じの渋さでした。
姫野 いい感じの疲れ感。やる気のなさ感があるんですよ。それなのに声が、えーって。
もんでん YouTubeで見て、外見とミスマッチなのはわかりました。
姫野 皆さん、知らず知らずのうちに、声には影響を受けていると思います。
もんでん 第一線で活躍されている人って、声に個性がありますよね。いい声だなと思う方が多いです。
―― 本には、松坂慶子、江守徹や細川俊之、姜尚中さんらの名前が出てきます。
姫野 姜尚中さんは、マダムキラーの声ですね。
もんでん ムード声ですね。すてきですが、ちょっとバイタリティが足りないかなとも思いますね。
姫野 いつも二の線の雰囲気なので、私にはちょっと。田宮二郎が
もんでん そうですよね。私は「犬シリーズ」を知らなかったんです。姫野さんの原稿で知って、角川チャンネル(Amazonプライム「シネマコレクション by KADOKAWA」)で初めて見たら、こんなに明るくてはっちゃけている人だったのかと驚いて。関西弁なんだとも。二の線しか知らなかったので新鮮でした。すごくカッコいいですよね。
姫野 うん。でも、顔は整ってないんです。阪妻のほうが整っていると思います。
―― この本には姫野さんが好きな顔の女性も出てきます。ジェニファー・ティリーや京マチ子。
姫野 好きな人はいろいろいるんです。ジェニファー・ティリーはあまり日本で有名じゃないので、この連載で知ってもらいたいと取り上げました。
もんでん 私も存じませんでした。画像検索したら、何か、ばーんという感じの方。それこそバイタリティがありそうで。
姫野 検索すると、おばちゃん然とした、最近の写真ばかりが出てくるんですが。
もんでん そうですね。でも若い頃の写真も見ました。ネットって、その人の歴史が見られるのが面白いです。
姫野 この二人は派手な顔ですが、そうでない人だと、吉川満子とか好きです。
私の理想は、『アリスの恋』の頃のジョディ・フォスター(単行本には画像掲載)のような顔をしていた子が、やがて歳をとって、栗原はるみさんのような顔になる。それが理想の外見人生なんです。そういう顔をしている自分だと思い込んで、この原稿を書いていました。自分の顔がイヤでイヤで、押しつぶされそうになるんですよ。そうすると書けないので、自分に言い聞かせて。
もんでん 私もコンプレックスの塊なので、絵に理想を込めて描いたりしていますね。
人気の高かった古尾谷雅人の回
その魅力、数奇な縁、そして後悔
姫野 この連載は読んでくださる人が多くて、連載中、メッセージを随分いただきました。その中でも、皆さんの視聴率というか、印象強い度率が高いのが、
連載に掲載されたもんでんさんの挿絵は、すべて単行本にも掲載されています!
もんでん 『太陽と雪のかけら』のドラマに出演されていて、私も一度、撮影現場にお邪魔したんです。ご挨拶はできなかったんですが、「あ、古尾谷雅人だ」と思ったのは覚えています。姫野さんが書かれている通り、すっごく背が高くて、でもやっぱり、背中が丸くて。
姫野 あの人、逆さばを読んでいたんじゃないかと言われているんです。仕事が来なくなるから、身長を、実際より少し低く言っていたと。本当かどうかはわからないんですが、そういうちょっと情けないところ、鬱積が魅力です。
もんでん いろいろとコンプレックスがあったのかなと感じますね。今回、ドラマのDVDを見直して、印象的なシーンを描きました。ただ、古尾谷さんといえば『北の国から』の「その万札は受け取れない」。あのシーンはあまりにも有名だから、そこも入れました。
姫野 亡くなる10年前くらいに、銀座で古尾谷さんを見かけたんですけど、声をかけられなかったんです。一緒にいた人へのつまらない見栄のために声をかけられなかった自分もふがいないし、一緒にいた人のことも恨んでいます(笑)。
―― この本は「映画」を読む楽しさもあります。姫野さんの守備範囲は広くて、最近の映画も取り上げられていますが、何といっても昭和の名作が見たくなる。
姫野 昔の映画に多く言及しているのは、顔の話なので、亡くなった人のほうが書きやすかったことと、やっぱり映画産業が華やかなりし頃に傑作がたくさんあったこと。それから、配信が広がったことで、昔の映画の面白さに気づいてくれる若い人が最近は少なからずいるんです。この三つが重なって、そうなりました。この本を読んで、昔の映画を見てみようかな、と思ってもらえたらうれしいです。
もんでん 私も、絵を描くにあたって、配信でずいぶん見て楽しかったですね。
姫野 単行本では、連載のときの絵を載せないことが多いんですが、今回は全部載せてもらいました。絶対あったほうがいいと思ったし、もんでんさんの絵に便乗して、売りたいと思って。
もんでん いえいえ。でもうれしいです。たくさんの人に読んでいただきたいと私も思っています。
姫野カオルコ
ひめの・かおるこ●作家。姫野嘉兵衛の表記もあり(「嘉兵衛」の読みはカオルコ)。
1958年滋賀県生まれ。『昭和の犬』で第150回直木賞を受賞。『彼女は頭が悪いから』で第32回柴田錬三郎賞を受賞。他の著書に『ツ、イ、ラ、ク』『結婚は人生の墓場か?』『リアル・シンデレラ』『謎の毒親』『青春とは、』『悪口と幸せ』等。
もんでんあきこ
もんでん・あきこ●漫画家。
北海道生まれ。1983年「週刊マーガレット」でデビュー。「JOUR」や、青年誌「ヤングアニマル」などでの活動を経て、現在は「グランドジャンプめちゃ」にて『エロスの種子』を好評連載中。主な作品に『竜の結晶』『アイスエイジ』『ワーキンガールH。』『すべて愛のしわざ』等。