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池内了『江戸の好奇心 花ひらく「科学」』(集英社新書)
を田中優子さんが読む
「もう一つの科学」のために

[本を読む]

「もう一つの科学」のために

「はじめに」の文章に圧倒された。何度うなずいたか分からない。
 著者が本書を執筆したのは、「役に立たない『科学』」に焦点を当てて、「江戸の好奇心」を語るためだという。好奇心に根差し「役に立つ」ことは一切考えず、探究し蒐集しゆうしゆうし楽しむことに熱中する科学、つまり「好奇心に満ちた科学的試み」に、著者は、まさに深い好奇心を抱いたのであった。
 江戸時代の科学史は今までも書かれてきた。分野ごとに研究もされてきた。海外での研究もある。しかし現代日本では知られていない。学校で教えられてもいない。なぜなら日本人はひたすら西欧の近代科学を取り入れることに熱心で、江戸時代までの科学的探究や、とりわけ植物や動物の知識の深まりと改変に関心を持たなかったからだ。その理由は著者も言うように役に立つ科学のみを追いかけてきたからである。その背景にあるのは「利益」と「国益」の追求であった。
 著者は、近代科学が「一点一画もゆるがせにせず、論理的な厳密さを貫徹し、普遍的真理を積み重ね」てきたこと、だからこそ近代科学が信用され現代の科学技術文明のいしずえとなっていることを、まずは認める。しかしその上で、もっと自由な、もっと夢がある「科学」はないものか、と考えた。そこで「もう一つの科学」に注目した。それを担った科学者たちは、役に立つか否かは一切考えなかった。出世にもつながらなかった。今の言葉で言えば、何の得もないのである。しかし面白い。夢中になる。本来研究とは、そういうものであるはずだ。
 実際にはどういう分野か。和算、博物誌、園芸、育種、鼠や金魚や鳥や虫、鉄砲、花火、望遠鏡、眼鏡、和時計、からくりなどである。今までもどこかで見聞きしたことのある分野だが、しかし、本書はまさに著者の好奇心と江戸時代の科学者たちの好奇心がぴったり合わさったように、一つ一つの項目が実に詳細にわたる。まるで「もう一つの科学百科事典」のようなのだ。資料価値が高い。手放せない一冊になる。

田中優子

たなか・ゆうこ●法政大学名誉教授

『江戸の好奇心 花ひらく「科学」』

池内 了 著

発売中・集英社新書

定価 1,210円(税込)

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