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神永学『火車かしゃ残花ざんか 浮雲心霊奇譚』(集英社文庫)
を三田主水さんが読む
幕末の心霊探偵の新たな一歩

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幕末の心霊探偵の新たな一歩

 不可思議な謎を不可思議なまま描けばホラー、論理的に解決すればミステリ――といえば少々乱暴だが、実際にこの両者は親和性が高い。そしてそれは、怪異が日常と当たり前に接していた時代に特に高まる。本作はそんな時代ホラーミステリの文庫化第七弾だ。
 時は幕末、腕利きのきもの落としとして知られる男がいた。白い着流しに赤い帯、そして墨で眼を描いた赤い布で両眼を覆ったこの男の名は浮雲うきくも――赤い布の下の赤い両眼で幽霊を見る力を持つ、幕末の心霊探偵というべき男である。
 これまで江戸市中で事件を解決してきた浮雲は、前作のラストで腐れ縁の薬の行商人・土方歳三ひじかたとしぞうを道連れに、出生の地・京に旅立つこととなった。そしていわばセカンドシーズンの始まりである本作では、川崎宿を舞台に妖怪・火車を巡る怪事件が描かれる。
 多摩川では黒焦げになった水死体が次々と発見され、飯盛旅籠めしもりはたごには口から火の吐息をく女の幽霊が出没。さらに旅籠の主人の息子が何ものかに取り憑かれた―― 一連の怪事件に、浮雲は土方、そして知人が火車の犠牲になった青年・才谷梅太郎さいだにうめたろう(!)とともに挑む。
 しかし憑きもの落としといっても、浮雲の手法は、丹念な調査と推理で死者の無念を晴らすことによって、死者を解き放つというものだ。はたして火車が抱える無念とは――死者と生者が絡み合う謎解きからは最後まで目が離せない。同時に、これまで伏せられてきた土方の内面も見逃せない。慇懃いんぎんな態度の陰に隠してきた強い人斬りの衝動との戦い、ファム・ファタール的女性の登場に揺れる心――才谷とのやり取りも含め、ファン必読だ。
 舞台も登場人物も一新した新シーズンは始まりが肝心だが、本作はこれまでの展開を踏まえつつも新たな要素を加え、見事な第一歩を踏み出した。ここからの読者にもお薦めできる、幕末ホラーミステリの快作である。

三田主水

みた・もんど●文芸評論家

火車かしや残花ざんか 浮雲心霊奇譚』

神永 学 著

7月21日発売・集英社文庫

定価 847円(税込)

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