[今月のエッセイ]
『流警 』の刊行に寄せて
二〇一八年に小説を初めて上梓してから五年が過ぎ、以後ずっと警察小説を書き続けています。
ただの小説好き本好きのわたしが、なぜ警察小説を書くに至ったのか。それは二十代のころ、短い期間ながら大阪府警の警察官であったからにほかなりません。本音をいうと警察小説を書くことに少し、いえ大いに戸惑いがありました。小説に役立てるほどの経験もしておらず、交通警察の分野しか知らないで事件が書けるのか。もし売り文句をひねり出すとすれば、全国初の女性白バイ隊のメンバーであったことくらいでしょうか。それも当時は、ほとんどマスコミへの対応とイベントへの参加(赤と白のユニフォームを着て)、演技走行などに限られており、ミステリーに繫がる要素は皆無といっていいものでした。
こんなわたしが書ける警察小説とはなんだろうと考えたとき、思い浮かんだのは会社勤めをする人が出勤して仕事に励むのと同じように、警察署という職場に出勤し、警察官である上司や同僚と共に仕事をしたという、その事実に基づくリアル感ならわたしにも出せるのではないかということでした。紺色の制服を着て街に出たときの感覚、異動時期の署の慌ただしい雰囲気、事案について同僚と話し合ったことなどなど。その場にいた人間だからこそ感じ得たものがある筈、そう思って書いてみることにしました。
そして今回、『流警 傘見警部交番事件ファイル』という作品を上梓することになりました。「流警」というのは造語ですが、担当の編集の方が作ってくださった、内容にマッチした素敵なタイトルだととても気に入っています。サブタイトルの警部交番ですが、あまり馴染みのない名称かと思います。わたしも各県の交番配置図を調べているとき、たまたま見つけて面白そうだなと感じたところから、小説の舞台にしようと決めました。
警部交番とは、通常は警部補や巡査部長が務める交番長に、警部以上が就く交番のことです。警察署ほどの大きさの建物で、通常の交番よりは扱う業務の幅は広くなりますが、警察署よりはずっと警察官の数が少ない。活動も限られている。そんな警部交番だからこそ生まれる人間関係、家族のように親しい仲の警官らが事件とどう向き合ってゆくのか。警部交番に赴任した、優秀だが変わり者のキャリア警視正と過去を抱える女性巡査部長のコンビが事件に巻き込まれ、解決に向かって突き進んでゆきます。
最初は警部交番の署員が住民と不倫をしているという噂が発端でしたが、やがて殺人事件が起き、過去の事件までもが蘇ってくる。キャリア警視正がどうして警部交番にやってきたのか、なぜ捜査一課に疎まれるのか、色んな謎が警視正の手料理と共に食堂のテーブルに並べられていきます。そしてラストの危機一髪の瞬間をどう回避するのか。多くの方に読んで楽しんでいただきたいと思っています。
わたしが書くのはミステリーではありますが本格推理小説ではなく、警察小説という枠組のなかに入るかと思います。ただ、先にも述べましたがわたし自身が経験していないこともあって、刑事という、ミステリーでは花形である人間を中心に置くのではなく、それ以外の部署、交通や
わたしは個人的にですが、自分の作品を警察小説でなく、警察
そんな謎を書いてみたい。そして警察署という職場に再び身を置き、自身がアバターのようになって動き回って、同僚らと事件を追い、謎の顚末を見てみたい。そう願って日々パソコンに向かっています。
今、この原稿を書いているカフェの窓から、白バイが二台走ってゆくのが見えました。夕闇迫るころで、恐らく交通機動隊に戻る途中なのでしょう。サイレンを鳴らすようなことなど起きず、無事に帰隊されますように。
いえ、もしかするとなにか不思議な出来事に遭遇するかも。それが思いがけず大きな事件に繫がったりして。
松嶋智左
まつしま・ちさ
1961年大阪府生まれ。警察官退職後、小説を書き始め、2005年に北日本文学賞、2006年に織田作之助賞を受賞。2017年『虚の聖域 梓凪子の調査報告書』で島田荘司選ばらのまち福山ミステリー文学新人賞受賞。著書に『女副署長』『バタフライ・エフェクト T県警警務部事件課』等。