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荒木優太『サークル有害論』(集英社新書)
を谷川嘉浩さんが読む
揺れや不完全さとともに他者と関わることを「作図」する試み

[本を読む]

揺れや不完全さとともに
他者と関わることを「作図」する試み

「円が開かれているか閉ざされているかよりも、円がちゃんと歪んでいるかどうかの話をしなくてはならない」。本書の最も興味深い論点は、サークル(円環=小集団)の論じ方をオープンネスからディストーションへ移行させたことにある。
 震災やパンデミックなど、社会に危機が起きるたび、“小さな共同性”を気にかける人が出てくる。シェア、つながり、コミュニティ、まちづくりといった言葉が流行したのも、その表れだ。
 サークルについて語る人々は、ハラスメント、排除や差別を危惧してオープンかどうかをいつも気にする。しかし、開かれた集団が同時に抑圧的でありうるのだから、大切なのはオープンかどうか(だけ)ではない。そこで著者が提案するのは、軸が一つに定まるような円モデルではなく、軸が二つにブレている楕円モデルへと議論をスライドさせ、中心を一つに定めないことだ。
 マイクロアグレッションやインターセクショナリティから、サークルクラッシャーまで、多様な話題をおさえているのが本書の特徴だが、田辺はじめや谷川がんなどの日本思想の流れを辿り直すことで「サークル」の論じ方を編み直したことに、本書の実際的な面白みはある。その過程を味わう楽しみは読者に残すことにして、(拙著『鶴見俊輔の言葉と倫理』への言及もあるので)円と楕円という対比から哲学者の鶴見俊輔を眺めることにしたい。
 花田清輝きよてるに倣って、鶴見は軸のブレを許容する多元主義を擁護した。他方で、詩人のエマーソンは同心円的で歪みのない世界観を提示しており、彼から影響を受けた鶴見も、決め打ち的でブレない解釈をしばしば提示した。鶴見は楕円を擁護しながら、時に円へと傾くような発言をしたのだ。
 だから引いて見たとき、彼の哲学は歪んで見える。円と楕円の間を揺れている彼の姿そのものが、楕円の作図に見えてくる。本書と鶴見から学ぶべきは、揺れや不完全さとともに他者と関わるという不器用な作図法なのではないか。私にとって本書はそういう読みを誘うものだった。

谷川嘉浩

たにがわ・よしひろ●哲学者

『サークル有害論 なぜ小集団は毒されるのか』

荒木優太 著

発売中・集英社新書

定価 1,056円(税込)

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