[特集書評]
〈ナツイチ〉読みどころ
今年のナツイチの中から、いくつかの作品の読みどころを紹介しよう。
まずは映像化作品から、ビートたけしの恋愛小説『アナログ』を。二宮和也・波瑠出演で映画化され、10月6日から公開される。
主人公の水島
メインのストーリーは純愛物語なのだけど、笑えるところもたっぷり。悟の親友である高木と山下がいい味を出している。真面目な悟とは正反対。いちいち会話が漫才のようで腹筋崩壊。往年のツービートを思い出した。また、落語好きのみゆきによる落語家論なども興味深い。
新庄耕のクライムノベル『地面師たち』はNetflixで映像化が決定。地面師とは土地の持ち主を装って買い手から金をだまし取る詐欺師のこと。実際に起きた事件をモデルにしていて、手口の描き方がじつにリアルだ。地面師はチームで犯行に及ぶ。計画立案者、標的の物件を調査する者、地主になりすます者、書類を偽造する者など。
この小説は、地面師チームの一員、拓海の視点で描いたところがポイント。拓海はかつて詐欺の被害者だったという過去を持つ。騙す者と騙される者。それぞれが抱く欲望と、それによってもたらされる悲劇を描いたことによって、魂の暗部までえぐり出す。
伊坂幸太郎の連作短編集『終末のフール』もNetflixで映像化。人類滅亡まで残り3年となったとき、人びとはどう生きるのか。仙台市郊外の団地を舞台に8つの物語でオムニバス的に描く。
表題作は長いこと絶縁状態にあった娘の帰りを待つ老夫婦の話。題名にある「フール」とは英語で馬鹿という意味だが、夫はことあるごとに「馬鹿」というのが口癖。いますね、こういう人。
夫婦には息子と娘がいた。過去形である。父は成績優秀な娘を自慢し、息子をなじった。怒った娘は家を出た。その娘が帰って来るというのである。和解するには今しかない。だって、もうすぐ人類は終わっちゃうんだから。でも、「馬鹿」が口癖の、頑固老人だから、ことはそう簡単じゃない。この
お次は〈ドキドキ〉する本を。
松井玲奈の『累々』は、全5話からなる連作短編集としても、全5章の長編としても読める小説。第1話「
これって、大人の教養小説(ビルドゥングスロマン。主人公が内面的に成長していくプロセスを描く小説)なのですね。荘介は都会の一流事務所と仕事することで成長し、裕紀もまた責任あるプロになっていく。個人的にはラストが大好きです。
宇山佳佑の『恋に焦がれたブルー』は、横浜を舞台に恋するふたりを描く長編小説。靴職人を目指す高校生の
〈ハラハラ〉する本を2冊。
香りには不思議な力がある。人をリラックスさせたり、高揚させたり、ロマンチックな気分にも。千早茜の『透明な夜の香り』は、古い洋館を舞台にした、香りと謎の物語。主人公の若宮
朔の香水を求めてさまざまな人がやってくる。死んだ夫の体臭を再現してほしいという女性、白杖のグリップに仕込むための香りを所望する盲目の老婦人、いまをときめく有名女優も。朔はその嗅覚で依頼人がいま置かれている状況やその背景事情などをたちまち読み解く。
ミステリーの要素を持ちながら、本質的には失ったものを回復していく物語、再生の物語なのだと思う。一香が自分の過去と向き合う勇気を持つ後半は感動的だ。第6回渡辺淳一文学賞受賞作。
堂場瞬一の『ホーム』は野球を題材にした長編小説。デビュー作『8年』の続編。米マイナーリーグのコーチをしている藤原雄大は、東京オリンピックのアメリカ代表監督に就くよう依頼される。シーズンを優先するメジャーリーグは代表チームに選手を送らないから、マイナーリーグの選手だけで構成しなければならない。もちろん目指すは金メダル。この難しい課題に挑むため、雄大は日本の大学野球で活躍する芦田大介に目をつける。サンディエゴ出身の大介は日本とアメリカの二重国籍なのだ。題名の「ホーム」には、野球の本塁やチームの本拠地のほか、家庭や故郷という意味もある。自分にとってのホームはどこなのか、迷いや苦悩を抱えつつ雄大や大介たちは試合に臨む。
読んでいて思わず〈フムフム〉と頷いてしまう本を紹介しよう。
寺地はるなの『水を縫う』は、「普通」とか「男らしい/女らしい」という固定観念を柔らかく崩してくれる連作短編集だ。母のさつ子は市役所に、娘の
さつ子は清澄が手芸や裁縫に夢中なのが気に入らないのだけれど、それは単に固定観念ゆえだけでなく、離婚した元夫の姿と重なるからでもある。性差や性的役割分担についてだけでなく、親子のありかたにも一石を投じたところにすがすがしさを感じる。
桜木紫乃の『家族じまい』は家族の関係性を描く長編小説。第1章「智代」は札幌市の近郊でパートの理容師として働く48歳の智代を描く。子供たちも巣立ち、公務員をしている10歳年上の夫とふたり暮らし。ある日、函館に住む妹から、母が認知症になったという電話がある。智代は事情があって釧路に住む両親とは疎遠。妹には、自分ばかりが親の面倒を押しつけられているという不満がある。
よく「家族の絆」などといわれるが、絆は
宮本輝の『灯台からの響き』は妻を亡くした男が、妻の過去を探し、回復していく長編小説。牧野康平は中華そば屋の主人だが、2年前に妻が急死して以来、店を閉じている。悲しみと喪失感から立ち直れていないのだ。妻に届いた1枚のハガキを再発見したのをきっかけに、康平は灯台を訪ね歩く旅をはじめる。ハガキの謎を解く旅でもあり、知らなかった妻の過去を探す旅でもある。あるいは、人生の残り時間を数えるようになった初老の男の、自分を振り返る旅かもしれない。
相沢沙呼の『教室に並んだ背表紙』は中学校の図書室を主な舞台にした連作短編集。全6篇が時間を超えて緩やかにつながっている。いじめやスクールカーストで苦しんでいる生徒、孤立を感じている生徒、孤独を好む生徒にとって、図書室という空間は、安心できる場所であり、「あなたはここにいていい」と感じられる場所なのである。
『北のおくりもの』は北海道をテーマにしたアンソロジー。ぼくが衝撃を受けたのは渡辺淳一「四月の風見鶏」だ。かつて札幌医科大学において日本で最初の心臓移植手術が行われたとき、渡辺は同大医局の講師だった。渡辺は批判的立場で「小説心臓移植」(のちに「白い宴」に改題)を発表して同大学を辞め、上京した。「四月の風見鶏」はその一連の顚末を書いた自伝的作品である。もしもあの手術がなかったら、作家・渡辺淳一の人生は違うものになっていただろう。
そして〈ワクワク〉する本を。
伊坂幸太郎の『逆ソクラテス』は、小学生を主人公にした短編集。全5話。
表題作は担任教師のターゲットにされがちな同級生を仲間たちが救う話。キーワードは「先入観」だ。担任は先入観を持って児童たちを見ている。優秀な子はいつもよい結果を出し、そうでない子は何をやってもダメ、というふうに。その先入観が児童たちにも伝わり、劣等生の烙印を押された子は自分自身でもダメなヤツと思い込んでしまう。それに異を唱える児童が登場する。彼は言うのだ、「僕はそうは思わない」と。先入観と同調圧力にひびが入る瞬間だ。過剰に正義を振りかざすのでもなく、センチメンタルに煽るわけでもなく、伊坂幸太郎は淡々とユーモラスに通常運転。いやなことがあったときにこの本を読むと心に効く。第33回柴田錬三郎賞受賞作。
白川紺子『噓つきなレディ
三浦しをん『のっけから失礼します』は、著者によると「おバカな話の波状攻撃」。ページをめくるごとに爆笑。親知らずが痛んで口が開かなくなったり、四十肩になったり、と次々にトラブルが。ぎっくり腰になった顚末は、まるでサスペンスのよう。本の後半、EXILE一族にどんどんはまっていき、三代目JSoul Brothersに夢中になっていく姿に興味津々。単行本化に際しての追記と、文庫化にあたっての追記もあるので、「BAILA」連載時に読んでいたファンも必読だ。特に、連載時にボツになった話の要旨(『男はつらいよ』の寅さんのコスプレのような恰好で新幹線のホームに立つ男の話)には大笑い。愉快な夏の読書をどうぞ。
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「ナツイチ特設サイト」2023年9月30日(土)まで
http://bunko.shueisha.co.jp/natsuichi/
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永江 朗
ながえ・あきら●書評家