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松原文枝『ハマのドン 横浜カジノ阻止をめぐる闘いの記録』(集英社新書)
を斉加尚代さんが読む
人生をかけた言葉が人心をつかむハマのドンと業者の闘いの記録

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人生をかけた言葉が人心をつかむ
ハマのドンと業者の闘いの記録

「カジノは要するに博打だ」。横浜市のカジノ誘致を葬った立役者がこのルポの主人公である。港湾業界のドン、当時御年90歳で横浜港運協会会長の藤木幸夫氏。彼をホテルで迎える男たちは螺旋階段の下から上まで並んで、深々と頭を下げる。任俠映画の登場人物のようなオーラを放つ藤木氏は14歳の時、横浜大空襲で最も慕う榎本さんという先生を焼夷弾で失い、脳みそとバックルだけになった先生の亡骸をつまんで空き缶に入れ、奥さんに届けた。そんな体験を語り、「戦争中は黙って言うことを聞いてりゃ、いい子だった」と喝破する。港湾労働者に対しては「先輩たちは、言いたいことなんか全然言ってない。辛い仕事をしてたんだよ」。本質を突く、義理人情の人である。
 カジノを推進しようとする政権中枢に対し反旗を翻したこの藤木氏を密着取材した、ドキュメンタリー映画「ハマのドン」(2023年5月公開)を完成させた著者は、テレビ朝日の元政治部・経済部記者だ。2016年3月に放送された報道ステーションの特集「独ワイマール憲法の“教訓”」を企画、古舘伊知郎氏がキャスターだった当時はプロデューサーも務めていた。その年、放送業界は政治圧力に覆われ、古舘氏に加えて、NHKの国谷裕子氏ら各局のキャスターらが次々降板となった。
 そんな状況下、自民党の重鎮でもある藤木氏に著者は注目する。地元で応援してきた菅義偉氏と袂を分かち、「おさんどん」と酷評する迫力に接して番組の制作を決意したという。空疎な言葉が舞う政治とは対照的に、人生をかけた言葉が人心をつかみ、どのように仲間たちに伝播してゆくのかが丁寧な取材で描かれている。言葉が人を動かすのだ。
 主戦場は2021年の横浜市長選。藤木氏は「私と菅の喧嘩なんです」と声を張り上げる。著者の筆致は一貫して冷静だが熱い思いが伝わってくる。喧嘩に勝った横浜の事例には「国民の手に政治を取り戻す一つの示唆がある」と。ドキュメンタリー映画の製作とその舞台裏のルポを同時進行させるのは困難を極めたに違いない。これは、「更迭プロデューサー」の闘いの記録でもある。

斉加尚代

さいか・ひさよ● 毎日放送ディレクター

『ハマのドン 横浜カジノ阻止をめぐる闘いの記録』

松原文枝 著

発売中・集英社新書

定価 1,056円(税込)

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