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ミシェル・ビュッシ『恐るべき太陽』(集英社文庫)
を吉野仁さんが読む
楽園の島で展開する企みに満ちたミステリ

[本を読む]

楽園の島で展開する
企みに満ちたミステリ

 タヒチなど南太平洋の島々といえば、多くの人がゴーギャンの絵の人物や風景を思い浮かべるだろう。そのゴーギャンが没したのは、同じ仏領ポリネシアのなかのマルケサス諸島ヒバオア島だった。シャンソン歌手ジャック・ブレルが晩年をすごした土地でもある。
 ミシェル・ビュッシ『恐るべき太陽』。この題名は、ブレルの歌の歌詞から引用したもので、物語の舞台がヒバオア島なのだ。さらに、島に集まった人々がひとりずつ消えていくという展開はアガサ・クリスティ『そして誰もいなくなった』を思わせる。とはいえ、くせ者作家ビュッシだけに、ひと筋縄ではいかない企みが幾重にも仕掛けられている。
 ヒバオア島にあるバンガロー《恐るべき太陽》荘に五人の女性がやってきた。みなベストセラー作家ピエール゠イヴ・フランソワが講師となった、作家志望者のためのツアー参加者だった。パリで警察署長をつとめる者もいれば、年配の人気ブロガー、そして夫や娘を連れてやってきた女性もいた。彼女らはプロの小説家をめざし、ピエール゠イヴが出す創作のための課題をこなしていく。最初のテーマは「死ぬ前にわたしは〇〇をしたい」だった。だが、やがてひとりが姿を消した。
 そういえば、日本でも話題になったビュッシの代表作『黒い睡蓮』は、画家モネが晩年をすごした村を舞台にした作品だった。芸術家が愛した自然豊かな土地をめぐるミステリはこれがはじめてではない。だが本作では、石の神像やタトゥーの文様といったポリネシアならではの風俗や伝統が物語に取りこまれているため、独特の雰囲気が漂っている。
 また、登場人物たちが書いた文章で構成されているなど、ミステリとしても手ごわいものだ。単なるクリスティの二番煎じではないどころか、ビュッシならではの巧詐こうさにあふれている。使い古された表現だが、「バラバラに見えたパズルのピースがすべてそろったときに見える絵の驚き」がみごと結末に待っているのだ。どうかじっくりと堪能してほしい。

吉野 仁

よしの・じん●書評家

『恐るべき太陽』

ミシェル・ビュッシ 著/平岡 敦 訳

発売中・集英社文庫

定価 1,815円(税込)

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