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姜尚中『アジアを生きる』(集英社新書)
を岡本厚さんが読む
平和への道に連なる

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平和への道に連なる

 本書は、「姜尚中」が「姜尚中」になるまでの知的な自伝である。同時に「豊かで平和で自由な」地域に向かおうとする東アジア、とりわけ朝鮮半島のもだえ苦しむ現代史でもある。「在日」として生まれた著者が物心ついて以来突きつけられたのは、進んだ西欧と日本、それに対して遅れ停滞するアジア、独裁と貧困に呻吟しんぎんする韓国の姿であった。
 学問の世界に進んだ著者は、M・ウェーバー、大塚久雄に学ぶが、そこでは西洋こそが「正史」「普遍」であって、アジアは「逸脱」「個別」と位置づけられる。まさに学問と現実が合致しているかのようである。その救いのない閉塞状況を、著者はサイードやウォーラステイン、フランクなどに導かれつつ切り開いていくのだが、その過程が丁寧に描かれている。「東アジア共同体」、「東北アジア共同の家」に希望を託す著者の考えが、一朝一夕に生まれたものではないことがよく理解できる。
 そしてそれといつにして、東アジアの現実がみるみる変わっていく。韓国では民主化がなされ、人びとは自由になり豊かになっていく。中国も世界第二の経済大国になった。それは「呪術の園にまどろむ」停滞のアジアではもはやない。近代史は書き換えられなければならない。だが、普遍―個別という考え方は、いまなお「民主主義対専制主義」「普遍対特殊」という思想に引き継がれ、世界を分断し平和を脅かしつつあることも著者は見逃さない。
 東アジアは、20世紀前半は日本の侵略戦争で破壊され、戦後は中国内戦、朝鮮戦争、ベトナム戦争で荒廃した。平和になり成長を続けたが、いまも南北朝鮮、両岸に火種を抱えたままだ。分断と対立を克服しようとする試みが何回もなされたが、そのたびにシーシュポスの巨石のように転げ落ちてしまう。しかし諦めず、巨石を抱え上げる試みを続けようと著者は言う。最後に書かれた金大中キムデジユン・韓国元大統領の言葉は感動的である。「人も国も寛大な態度が重要です。『対話』で解決すること、『力』で解決しないこと、この二つが、人類が平和的に共存していくための道だと、私は信じています」。私も著者とともに、この言葉に連なろうと思う。

岡本 厚

おかもと・あつし●岩波書店元代表取締役社長

『アジアを生きる』

姜尚中 著

発売中・集英社新書

定価 990円(税込)

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