[インタビュー]
人間が人間を選ぶことの胡散臭さ
石田夏穂さんの『我が友、スミス』はデビュー作にして第一六六回芥川賞候補にも選ばれた話題作でした。注目の新刊『黄金比の縁』で題材に選ばれたのは人事部採用担当の世界です。人が人を選ぶという行為の奇妙さを石田さんはどのように描くのでしょうか。
聞き手・構成=杉江松恋/撮影=大槻志穂
“神”だった採用担当が、一変した経験
―― 集英社から刊行されたデビュー作『我が友、スミス』は主人公の女性がボディビルにはまっていくという内容の作品でした。今度はどんな話なんだろうと期待して読み始めたら、まさかの人事採用担当の物語で。今回も無茶苦茶おもしろかったですね。
ありがとうございます。
―― 石田さんのお書きになるものは、どれもディテールがすばらしいです。情景が目に浮かぶようで、小説の肝はそこだと思うんですけど、ここまで対象を詳細に書けたのはどうしてなんでしょうか。
自分が細かいことに興味を惹かれるほうなので、それをつい書いてしまうんです。もう一つ、私は主人公の心理よりも客観的に物事を書くほうが自分の中では楽しいんですね。だからそうなっていくんだと思います。
―― 人事というのは会社組織の中でも閉鎖的な部署だと思います。その特殊性がよく表されていますが、石田さんご自身は人事部ではないですよね。
人事部ではありません。でも会社で関わることはあります。部外者だからこそ人事部に固定観念みたいなものを持っていて、それを書きたいと思いました。人事の人と話すと、ここから先はグレーだから……みたいな部分をすごく感じるんです。何か私の知らない裏技とか持ってそうで(笑)。
―― 採用という人間を選別する行為を書きたかったのか、それとも会社組織における人事の役割みたいなものに着目したのか、出発点はどこだったんですか。
人間が人間を選ぶなんて絶対に無理だよな、と思ったのが始まりでした。自分が就活生だった頃は、採用担当が神みたいに見えて、その人の前ではめっちゃ行儀よくしようと気を付けたんですよ。でも自分が会社に入って同期とかが採用担当をやってるのを見ると、え、こいつが選んでるんだ……みたいに感じる。一回中の人になるといかに
なぜ「黄金比」だったのか
―― 人間を選別する行為の不思議さを浮かび上がらせるために、どのように作品を組み立てていかれたのでしょうか。
主人公の女性を合理主義が過ぎた人というか、人事の持つグレーゾーンみたいな部分がわからない人にすればいいのかなと思いました。そういう人の視点を使えば、人を選ぶ行為の胡散臭さがちゃんと書けるんじゃないかと。フィーリングで「こいつと働きたい」みたいに感じることがない、そういう人ですね。
―― これは未読の人のために伏せますが、主人公は採用活動を通じて個人的な目的を達成しようと思っています。そのため人知れず試行錯誤を重ねていて、辿り着いたのが題名にある「黄金比」という理念でした。前作でいえば「筋トレ」に当たる小説の肝で、ざっくり言ってしまうと採用の可否を顔で決める。そのための理論が黄金比なんですよね。これを思いつかれたのはどういう経緯だったんでしょうか。
やっぱり人は相手の顔を見ていて、これは就職に限らないんですが、顔のいい人が選ばれやすいと思うんですね。でも世の中、顔で決めていないことになっている。その建前をいちばん皮肉っぽく書きたいと思ったんです。でも主人公は機械みたいな人だから、美人とかイケメンとか、そういう主観的な好みでは決めないだろうと。だったら計測可能な数値だろう、じゃあ顔の黄金比だ! と思いまして。こうやって喋るとなんかしょうもないですね(笑)。
―― その概念を出すことで、人を見た目で選ぶタブーに言及することが可能になっているわけですよね。前作では、ボディビルが筋肉の優劣を決めるコンテストであるはずなのに、実際は極めて古い価値観、女性はやはり美だろう、ということを当てはめる大会だと主人公が気づく場面がありました。独自の価値観を持っているはずが、やはりこの社会の延長だったわけです。社会の根底にあるルッキズムに対する違和感を表明する作品、と『黄金比の縁』を読む方もいるのではないかと思います。
ルッキズムを単純に悪いということのほうに私は違和感を覚えます。自分の目でものを見て、そのいい悪いを判断するのは当然のことだと思うので、そこを「いや、人は見た目じゃないから」って言うほうが噓くさい。現実ってもっと即物的で、美人だからOK、ブスだからNGという部分が、すべてではないにしろ、絶対にあると思うんです。そこを、そんなに深刻にならないように書きたいと思いました。
内面ではなく行動でキャラクターを掘り下げる
―― さっき主人公は機械のような人とおっしゃいました。前作もそうだったと思うんですけど、『黄金比の縁』は主人公のキャラクターが物語の
自分の気持ちにしてもはっきり文章にするのは難しいと思います。それよりも、そこに何があったかということのほうが確かな気持ちで書けますね。読書をしているときも心情についてだーっと書かれていると、結局どうしたんだ! と思うほうなんです(笑)。もし悲しんでいるんだったら、帰り道で泣いたと一言書いてくれればいい。怒っているなら、机を蹴ったと書いてくれるほうが私は好きなんです。
―― お好きな小説はどういう作品なんですか。
実は髙村薫さんがすごく好きなんです。今言ったこととは超矛盾するんですけど(笑)。髙村薫さんはめっちゃ心理描写を書きますよね。
―― でも、わかる気がします。髙村さんもディテールを書かれる方ですよね。
そうです! すごい濃密さで、がーっと具体的なことが描写されるのが私は好きなんです。たとえば『冷血』の、十六号線に車の赤いテールランプが毒々しく続いて……みたいな客観的な描写でも、視点人物が何をどういう心情で見ているのかがよくわかる。
―― ディテールということで言えば、冒頭で東京ビッグサイトの合同説明会に主人公のグループが行くところがあるでしょう。そこで後輩の中村が運んでいた段ボールがキャリーから落ちる場面がある。この文章がすごくいいですね。もたもたしている感じで中村という人間が一発でわかるし、上司の太田や主人公との関係も見えてきます。そういう、的確な表現でわからせてくれる文章が随所にあるんですよ。
そう言っていただけると大変嬉しいです。
会社の性格が表れる「人事」
―― 『黄金比の縁』には採用活動を通じて組織の全体が見えてくるという会社小説の側面もあります。『我が友、スミス』では、会社の中で女性が置かれている立場が主人公の視点から分析される箇所がありました。本作にも主人公が「女性ならではの発想」を求められる場面がありますし、女性の採用は英語重視、みたいな慣習についての言及もあります。ただ、そこまで会社における性差を問題にすることはなかったように思います。
そうですね。主人公は女性というよりエンジニアとして書きたいと思っていました。私は技術系の人はすごくかっこいいと思っていて、そこは出したかったんです。ちゃんと計算して正しい図面を引ける人はやっぱりすごいですよ。主人公はそういう人なのにたまたま女性だから、女の勘が冴えてるね、とか、女性は感性が鋭いね、とか、そういう言われ方をされてしまう。彼女が働いているのは古い価値観の会社で。
―― 主人公が働く(株)Kエンジニアリングは、すごく日本的な会社ですよね。
私も最近知った言葉なんですが、JTC、ジャパニーズ・トラディショナル・カンパニーって皮肉交じりに言うらしいんです。そういう会社の性格が一番出るのはやっぱり人の出入りかなと。採用でも一般職は女、総合職は男、みたいな暗黙の了解がある。これが六本木とか虎ノ門にあるようなかっこいいベンチャーやスタートアップとかだったら、ザ・人事みたいなのはないから、この話には使いづらいんですよ。それこそ採用でも一次・二次・最終といった手順を踏む、建前重視っぽいところにしたかったんです。
―― 読んでいて懐かしさを覚えたのは、不採用者に出すお祈りメールでした。「お祈り」と「ご縁」は人事が建前で使う言葉の双璧ですよね。
そうですね。人事が一番胡散臭くなるのは「石田さん、今回はご縁がありませんでした」みたいに言うときだと思うんです。それでタイトルにも縁と入れたんですけど、書きながらわかったのは、言うほうも別に好きで使っている文句じゃなくて、そう言うしかない部分もあるんだろうな、ということでした。
―― 「あんたのできが悪いから」って言えないですよね(笑)。筋トレ、二作目『ケチる貴方』(講談社)の冷え性、今作の人事採用と来て、石田さんがこの後何を書かれるのか読者にもますます予想がつかず、楽しみになってきていると思います。小説の題材はどうやって決めてらっしゃるんですか。
自分が普段生きていて面白いと思ったこととか、胡散臭いと思ったこととか、そういうのを書きたいですね。最初はサスペンスだか何だかよくわからないものを書いていたんですが、そのあと脂肪吸引の話を書いたんですよ。大阪女性文芸賞という今はもうない賞があるんですけど、そこに応募しました。そしたら生まれて初めて自分の小説を褒めていただけたんです。そのとき、あ、こういうのが向いているのかも……と、少し気が付きました。それで、ちょっとふざけた女の人の日常を書こうと思ったのが『我が友、スミス』でした。
饒舌になれるテーマが小説になり得る
―― 脂肪吸引がきっかけだったんですね。それはなんで書いたんですか。
たまたまそのときやろうかと思ったんですよ。結局金がないのと怖いのとでできなかったんですが、カウンセリングには行ってみました。そうしたら、ここの部位はこうやって取るとか、こことここを一緒にすると安いとか、かなり具体的な話をしてくれて、それがすごく面白かったんですね。私はたぶん、自分が一番饒舌になれるテーマについて書くべきなんだろうと最近思うようになりました。文章を書いていて、次に何を書こうかなって困ったら駄目なのかなあと。それよりポンポンポンポン出てきて、自分の言いたいことがだーっと書ける、そういう饒舌になれるテーマが一番、小説になり得るのかなあと。
―― そう思ったのは『黄金比の縁』を書いた後ですか。
はい。それまでは一人で書いているだけだったんで、出版社の方と一緒に書く経験がほとんどなかったんです。『黄金比の縁』は編集者にいきなり原稿を送りつけました、何の前触れもなく(笑)。それに沢山フィードバックをいただいて。自分じゃ絶対に気づかないポイントがあるので、それを頑張って打ち返してできあがった作品のように感じます。
―― 石田さんの文章はスピード感があるのでぱーっと読まされます。その一方であちこちに、これはどういうことなんだろう、と立ち止まって考えたくなる箇所もあって、緩急があるのがいいですね。饒舌な、とおっしゃったけどそれにも種類があって、『我が友、スミス』の筋トレ描写とか、『黄金比の縁』の主人公の特殊な思考について書かれている箇所だとか、いろいろな饒舌さがあっていいな、と思います。
ありがとうございます。
―― あと比喩がいいんですよ。主人公が自分じゃない外見の人間になろうとして天海祐希を装うとか。出てくる固有名詞が的確で。ちょっと昭和が入っている。ミスターといえば長嶋茂雄、みたいなことを言う所がありますけど石田さん、その世代じゃないでしょう。
ないです(笑)。何だったらジュニアの活躍も見ていないです。自分が現代にアップデートできてないんだと思います(笑)。
―― 非常に楽しい読書体験でした。人間臭いし、ぜひいろいろな人に読んでもらいたいですけど、特に今から面接を受ける学生にもお薦めしたいですね。
そうですね。緊張するなと伝えたいです。就活していた頃の自分自身にも。面接の直前、スーツに染みがついちゃって、これで駄目な人間と思われたらどうしようとかハラハラしていた昔の自分に。いや、可愛かったなあ(笑)。
石田夏穂
いしだ・かほ●作家。
1991年埼玉県生まれ。東京工業大学工学部卒。2021年「我が友、スミス」が第45回すばる文学賞佳作となりデビュー。同作は第166回芥川龍之介賞候補にもなる。他の著書に『ケチる貴方』がある。