[今月のエッセイ]
劇場は、想いが集まるところ
――『胡桃沢狐珀の浄演』シリーズ
刊行によせて
劇場と聞いて、あなたはどんなイメージを思い浮かべますか?
ゆったりとした客席に腰かけて赤い
演劇を二十年やってきて、ぼくは思います。劇場こそが私たちにとって一番身近な、ひとのリアルな想いを感じられる場所なのだと。
お芝居とは、もちろんフィクションです。だけどステージに立つ俳優は、お客さんの目の前に存在しています。演技の際には本当に気持ちを動かしています。台本があろうと、フィクションだろうと、俳優の演技から生まれる想いに偽りはありません。ステージに立つ生身の人間が、その場でその瞬間、喜び、怒り、哀しみ、楽しむからこそ、目の前にいる観客は胸を打たれ、舞台の登場人物たちと一緒になって心動かされるのだと、ぼくは信じています。
俳優はステージに立てば、演技を通して、想いというかたちのないものを届けることができますが、それは何も生きている俳優だけに限らないと思っています。死者もまた、自分の想いを誰かに知ってほしくて劇場にやってくるかもしれません。
というのも、劇場って幽霊の目撃情報が多いんです。知り合いの俳優たちに「劇場での不思議な体験ってある?」と聞いてみたところ、瞬く間にたくさんのエピソードが集まりました。自身が体験したもの、知り合いが遭遇したもの、噂として有名なもの、様々ですが、こんなにも劇場にまつわる逸話があることに驚きました。ぼくも劇場にいるとき何度も奇妙なことが起こり……って、怖い話が苦手な方、この文章を読むのをやめないで、もう少しお付き合いください。ぼくは何も、ホラーなトークをしたいわけではありません。どうして多くの劇場でそういった「怪談
劇場にいるかもしれない、誰かの想いに耳をかたむける。そんな物語を描きたくて『胡桃沢狐珀の浄演』シリーズを立ち上げました。元気でポジティブな新人女優・
ぼくは高校生のときに演劇と出会い、演劇部での活動のほかに社会人劇団に出入りして、高校生劇団を立ち上げて演劇三昧の日々を過ごし、上京後は大学の演劇サークルを経て劇団を結成、ソロとしての活動も含めて今にいたるまで五十本をこえる脚本・演出を行いました。二十年にわたって演劇の世界で見てきたこと、経験したこと、考えたこと、そして想うこと、すべてを込めて書いていきます。これは志佐碧唯の成長と、胡桃沢狐珀の再生を描く物語。そして劇場という「想いの集まる場所」を舞台に、ひとの想いを
松澤くれは
まつざわ・くれは●演出家、脚本家、作家。演劇ユニット〈火遊び〉代表。
1986年富山県生まれ。早稲田大学第一文学部演劇映像専修卒業。人気小説の舞台化や、オリジナル作品を数多く手掛ける。2018年『りさ子のガチ恋♡俳優沼』で作家デビュー。他の著書に『鷗外パイセン非リア文豪記』等。