[本を読む]
「一時預かり人」の矜持。
私は世界最古の美術品オークション会社で、長年「スペシャリスト」という美術品の鑑定・査定・調査・売買をする仕事を
しかしこの『クラシックカー屋一代記』を読み終わった今、現在も自家用車を持たず、車は走れば良いくらいに思っていたこの私が、出来ることなら著者の涌井清春氏と肩を組み、氏を「同志」と呼びたい衝動に駆られている……その理由は、クラシックカーと私が専門としている古美術品が非常に似た存在であること、そして氏のクラシックカーに対する愛と考え方が、私の古美術に対するそれとほぼ同じといっても過言では無かったからなのだ。
例えば本文に登場する「ビスポーク・プロジェクト(顧客と話し合いながら好みの車に仕立て直す)」。この話を読んだ時、私の脳裏に直ぐ浮かんだのは、桃山時代の名品高麗茶碗。古くて質も高く、来歴も良い最高級の茶碗は、例えばキズがあっても金継ぎくらいに留めて、修復をし過ぎない。その方が元のアジがセンス良く残り、その上新しい景色も出来る。また新しい持ち主は骨董屋さんと相談しながら、「
また涌井氏自身の「クラシックカーはお金があっても、縁や情熱がなければ買えない」という言や、コレクターになって「売らないクルマ屋」になったこと(そういう骨董屋を、何人知っていることか!)、そして何よりも著者が繰り返して述べる、「一時預かり」という思想……これこそ「芸術品」を扱う者が、最も大切にすべき矜持なのである。
クラシックカーへの愛と矜持が
山口 桂
やまぐち・かつら●クリスティーズジャパン代表取締役社長