[本を読む]
いまこそ新たに読まれるべき
心震わせる傑作
アガサ・クリスティー賞を受賞し直木賞候補にもなった逢坂冬馬『同志少女よ、敵を撃て』、世界的なベストセラーを記録するディーリア・オーエンズ『ザリガニの鳴くところ』以外にも、少女が過酷な運命を辿る物語が次々に出ている。詳述するスペースはないが、少女ハードボイルドと戦争小説が現代小説の潮流である。終わらない戦争、伝統的な価値観の崩壊、貧困、差別の中で、かよわき者たちがいかに生き抜くのかが主題だ。
そういうときに北方謙三の老犬シリーズ第一作『傷痕』が新装版で出るのは興味深い。十三歳の少年たちが終戦直後の東京を生き抜く物語であるからだ。
母親を病気で失い、父親が復員してこない良文は、盗みを繰り返しているうちに、浮浪児狩りに捕まってしまう。品川台場の収容施設に入れられ、そこで親友の幸太と再会し、二人は収容所を脱走して、飢えをしのぎながら、厳重に守られた防空壕の隠匿物資を強奪しようとする。
傷だらけの少女が重要な脇役として出てくる少年ハードボイルドであるが、家も家族も食料もない戦後の焼跡での十三歳は、近年の少女ハードボイルド以上に過酷。大人が子供の食料を奪うこともあり、子供は牙を剝いて生きなければならない。「幼く、弱々しかったが、心は獣だった。強い一頭の獣になるために、幸太と組んだ」のだが、大人は狡猾。暴力、騙し、死、殺人とくぐるべき門が次々と開かれ、痛ましくも切々たる結末へと向かう。
紹介が遅れたが、本書『傷痕』は、北方謙三の名作『眠りなき夜』『檻』などの脇役、「老いぼれ犬」こと高樹良文刑事の少年時代の物語である。警視庁捜査一課の警部で、有能で検挙率も高いが独断専行が目立つことは、二十七歳の高樹が連続殺人事件を通して幸太と再会する第二部『風葬』に詳しく(泣かせる!)、定年間近になった高樹を描く第三部『望郷』では幸太の息子の和也と対峙する(結末がたまらない!)。「男はどうあるべきなのか。死ぬなら、どう死ぬべきなのか。それが、消えることなく心の底に残っている」という言葉が『風葬』に出てくるが、これは北方謙三の中国小説にも通じる主題でもある。いまこそ新たに読まれるべき心を震わせる三部作だ。
池上冬樹
いけがみ・ふゆき●文芸評論家