[特集インタビュー]
少しでも未来に希望を
抱いてもらえる言葉と物語を
ロマンチックなラブストーリー映画『今夜、ロマンス劇場で』の脚本家であり、Netflixで世界に向けて配信された『桜のような僕の恋人』の原作者でもある宇山佳佑さん。小説家としても『この恋は世界でいちばん美しい雨』(集英社文庫)『恋に焦がれたブルー』(集英社)『ひまわりは恋の形』(小学館)とスマッシュヒットを放ってきました。
最新作の『いつか君が運命の人』は、宇山さんにとって初めての連作短編集。指にはめると運命の赤い糸が見える指輪が次々に人の手に渡り、愛の奇跡を起こしていきます。それぞれショートストーリーとしても、全体として一つの大きな物語としても読めるこの作品はどのように生まれたのでしょうか。宇山さんにお聞きしました。
聞き手・構成=タカザワケンジ/撮影=露木聡子
つながりのある六つの恋物語
―― 宇山さんにとって、初めての連作小説ですね。なぜこのような形式にされたのでしょうか。
もともとは、洋楽ユニットのザ・チェインスモーカーズの曲をモチーフにしたTikTokで流す短編ストーリーを書いてほしいという依頼を音楽会社から受けたんです。ザ・チェインスモーカーズの曲を聴いて、歌詞の和訳を見て、そこからまったく新しい物語を構築するという仕事で、初めての試みでした。『いつか君が運命の人』はそのときにつくったお話をベースにしていますが、物語や登場人物に肉づけをして大きく変わっています。それに自分の中では次のステップに進みたいというか、いろんなタイプの物語を書きたいと思ったのが、この形式になった理由ですね。
―― 各短編のタイトルがザ・チェインスモーカーズの曲の和訳から採られているのはそういう理由だったんですね。六つの物語がゆるやかにつながっているのは最初から考えられていたんですか。
それぞれの物語が同じ世界の中にあって何か一つでつながっている、そういう結びつきみたいなものがあるお話が個人的に好きなんです。今回、それぞれの短編は別々のように見えるんですが、読み終わったときに一つにつながっている。そう感じていただけるようにしたいなと思いました。
―― 六つの物語をつなぐのが、指にはめると運命の赤い糸が見える指輪です。指輪にされたのはどんなところから?
最初から赤い糸の話にしようとは思ったんですが、赤い糸にプラスして次のキャラクターに渡すバトンのような、キーになるアイテムが欲しかったんです。何がいいのか、いろいろ考えて指輪が出てきました。指輪と赤い糸が出てきて、これで物語がつながるなという確信が持てましたね。
―― リレー形式の連作短編集を書いてみてどうでしたか。
TikTok向けに書いたベースがあったので大丈夫だと思って書き始めたんですが、意外と大変でした。一つを書き終わると、じゃあ、次はどうしようか、みたいな感じでもう一回最初から考え直して、ああでもない、こうでもないと書いていったので。
僕個人としては、それぞれの話一つ一つに思い入れがあって、それぞれを長編小説にすればよかったなと思うほどでした。一つの本にしたことで、大盤振る舞いしてしまったなと思ったりもしますね(笑)。もちろん、こういう形式で書いてみたかったので満足していますが。
執筆中にふと出てきた、“生きている”言葉
―― 各短編についてお聞きしたいのですが、まず、最初の「#1 Closer ――僕らはあの頃と変わらない」。『いつか君が運命の人』の起点となる
花耶と征一は、自分が書いてきたものの中で一番若々しい二人だなと思います。書いていて恥ずかしいというか、照れくさいというか(笑)。
―― 十代の若者の、細胞がすごく元気な感じが伝わってきました。
高校一、二年生ぐらいですから、不器用だけどまっすぐな女の子にしたいなと。一生懸命な女の子を最初に持ってきたいなと思ったんですね。
―― 「奇跡が起こるかどうかを決めるのは未来の君だよ」というセリフが出てきます。全編を通して印象に残る言葉ですが、あの言葉はどんなふうに出てきたんでしょうか。
あれは本当にたまたま。というか、書いていて出てきただけなんです。でも、出てきたときに、これがこの物語を牽引するキーワードになるかもと感じたので、この言葉を大切に物語を進めていこうと思いました。
―― 宇山さんの作品は、そんなふうにさりげなく出てきた言葉が大きな意味を持ってきますよね。『恋に焦がれたブルー』の「人を幸せにするためには、才能よりも大切なことがある。それは諦めないこと」とか。それは自然に出てくるのでしょうか。
そうですね。あまり意識していません。思いついた言葉をメモしておいて、どこかでこれを使おう、みたいなことももちろんあるんですけど、ふと出てきたもののほうが多いですね。その場面を書いていて出てきた言葉のほうが、ナマ感というか、生きている感じがする。その物語に合った言葉なんじゃないかなと思います。「よし、この言葉を使ってやろう」と物語をつくると、途端にそれは意図的なものになってしまう気がします。
―― そもそもこの言葉は、難しいシチュエーションに出てきた言葉ですよね。好きな人をどうやって励ましたらいいのかという。
今の世の中は先行きが暗いと言われたりして、若い方たちでも奇跡なんて起こらないと思っている人はたくさんいると思います。でも、将来とか、未来に対する期待、希望をもってほしい。ほんのちょっとでいいので「もしかしたらそうかも」と思ってもらえるような言葉や物語であったらいいなと思いました。読者の心にそっと寄り添えるものであったらいいなと。
恋よりも友情を描いてみたくなった
―― 「#2 High ――どうして機嫌のいいときしか、好きって言ってくれないの?」の主人公は
何か拠りどころを求めている子が書きたいなと思いました。本当は自分の夢とか目標、自分の信念を拠りどころにしたいけれど、それができるほど若いときは強くない。つい自分にとって、優しいもの、甘いものにすがりついてしまいたくなる。そこからどう成長するか、どう自分の足で人生を歩いていくかを書きたかったんです。自分の人生にとって本当に大切な夢や目標を自分の足で追いかける。その一歩目を書きたいなと思いました。
―― 雅に対してつれない彼氏、
ああいうタイプの男の子はどうかな、と首をかしげる大人もいるかもしれません。でも、僕としては、意外といいやつなんじゃないのかなと思いながら書いていました。十代の頃って、僕の印象では女の子のほうが多感というか、繊細で傷つきやすかったり、深く物事を考えていて、男の子は意外と単純だったりするんですよね。弘樹は我が道を行くタイプで、ひょうひょうと生きているので、悩みがちな雅とコントラストになると思ったんです。
―― 「#3 Call You Mine ――わたしのものって思っていいですか?」の主人公は中学生のかんな。すごく頭がいいんだけど、ちょっと変わった女の子ですね。
前二作が、等身大というか、ナチュラルなタイプの女の子だったので変化が欲しい。二人とは違うキャラクターを描きたいなというのが出発点でした。
―― かんなは恋愛に対して探究心はあるけど、実体験はまったくないんですよね。だから恋愛についても、生々しくない。
高校生が二人続いたので、次はもっと若い女の子にしたいなと思ったんです。「恋とは何か」みたいな観念的なことを、思春期まっただ中の中学三年生女子に考えてもらったら面白いかなと思ったんです。
―― かんなは大人の男性に思いを寄せますが、それも恋というよりあこがれですよね。しかも女子校という閉ざされた場所で。
もともとは恋愛の相手を同世代の男の子にしようかなと思ったんですけど、一話、二話とは違う形にしたいと思ったときに、背伸びする感じにしようと。
これは僕の中で新しいことだったんですけど、最初はがっつり恋愛を書こうと思っていたのに、最終的にそうはならなかったんです。
―― かんなが恋の相手にどういう言葉で告白すればいいかを悩むところがおもしろかったですね。告白の言葉を自分で考えて自己採点する(笑)。
あれも自然に出てきました。告白の言葉って、十代の頃はがちがちに固めて挑んだなと思ったんです。どう言おうかを考え続けるみたいなことができるのも若いからこそかなと。友情も含めた物語になった三話によって、『いつか君が運命の人』の可能性が広がったと思いますね。
恋の結末以上に、「どう生きるか」を大事に
―― 「#4 Don't Let Me Down ――わたしを失望させないで」は、既刊作品とのつながりが色濃く感じられる、宇山さんのファンにとって嬉しい作品だと思います。時計職人の彼氏からのプロポーズがなかなかないことにやきもきしている三十歳の女性、
過去と現在を描くことで、ノスタルジーと現実がリンクして着地するような物語が書きたい。それでああいう形にしたんです。青春を捧げた恋愛を描くうえで、二人の関係の歴史を「時計」というアイテムで象徴できたのが自分としては手応えがありました。
―― 「#5 Something Just Like This ――私が求めているもの」の
年齢的には四話の由希子に近いですが、まったく違うタイプの女性を描きたいなと。五話は最初から主人公とピアノと母親との関係を描こうと決めていたので、それに伴って彼女のバックグラウンドみたいなものを組み立てていきました。
―― ピアノと母親というキーワードはどこから?
特別な結びつきがある関係を書きたかったんです。普通の母と娘ではなく、親子の情を超えた執念みたいなものが横たわる関係ですね。母の強烈な思いに苦しんでいたヒロインが、ピアノを通じて母のことを考えるような話にできればと。
―― 未音と母親との関係は緊張感のあるものですが、未音が出会った
仮でなんとなく描いたら、編集者の方から「いいんじゃないですか、これで」となったんです。イラストレーターの方にお願いするとお上手なので「プロじゃん」ってなっちゃう。下手な人が描いたほうが、この物語にはリアルかなと。
―― 優しくて温かみのある絵ですよね。
本当に下手なのでお恥ずかしい。肇は、未音とは違う意味で、子供の頃の思いを今も忘れずに持っているので、未音とは対照的でありつつ、共通項が多い相手でもあるんですよね。肇が未音の癒しになったり、気づきにつながったらいいなと思いました。
六つのお話にはどれも思い入れがあるんですが、中でも第五話は自分にとっての新しい扉を開けたと思います。今までは恋愛を通して二人の関係や、それぞれの夢を書いてきましたが、この五話のメインは、母とピアノと主人公の関係。そこに恋愛要素が入ってきて主人公の人生を支えたり、変えたりすることになる。今までとは違う形で恋愛を描けたのがよかったなと思ってます。
―― 最後の「#6 Who Do You Love ――今、誰を愛してる?」は、ネタばれになってしまうのでお聞きしませんが、読み終えてみると、六人の女性主人公がそれぞれ個性的ですよね。
この連作短編集にはベースとなったストーリーがあったにもかかわらず、意外と苦労したのはその点でした。彼女たちがこの物語の中でどう生きるのかを考えなくてはならないので、この子はどういう子なんだろう、どういうことを求めているのかな、と模索する時間がかかりましたね。僕の今までのラブストーリーもそうなんですが、恋愛を描いていても結ばれるか、結ばれないかは意外と大事ではなくて、どう生きるかみたいなことを大事にしたいと思ってきたところがあります。
―― 『いつか君が運命の人』は「小説すばる」に連載(「チェイン・ストーリーズ ひとつなぎの恋の物語」)されていましたが、小説誌での初連載だったそうですね。
そうですね。小説家が締め切りに追われる恐怖を初めて味わいました(笑)。でも連載をやってよかったと思います。書き下ろし長編とは違う頭の使い方というか、物語の引っ張り方を考えられたので。次回はどんな話になるのかなと思ってくださるような「引き」を意識したというか、連続ドラマを小説でもやってみるような試みになりました。
―― 脚本家でもある宇山さんの経験が生きていますね。読者としては最後がどう決着するのかなという楽しみがありました。
そう読んでもらえると嬉しいですね。一編一編が独立したお話というよりも、六つで一つの物語になる。一つ一つの物語が一人一人の人生であり、物語の結末でつながるようにしたかったんです。さっき出た「奇跡が起こるかどうかを決めるのは未来の君だよ」という言葉の中の、奇跡とは何だったのか。それが、六人の物語を経て感じられるようになっていればいいですね。
それから、この短編集は恋愛がお話のメインではありますけど、これまで話してきたように、広がりのある物語になりました。だから例えば友達との関係とか、親との関係など、いろんな人生の側面、その時々の人生の悩みやテーマみたいなものに、一話から六話までの中で何か触れるものがあれば嬉しいなと思っています。
宇山佳佑
うやま・けいすけ●脚本家、作家。
ドラマ『スイッチガール!!』『主に泣いてます』、ドラマ・映画『信長協奏曲』などの脚本を執筆。著書に『桜のような僕の恋人』『今夜、ロマンス劇場で』『この恋は世界でいちばん美しい雨』『恋に焦がれたブルー』等。