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イタリア映画の特質がわかる
「ミニ百科事典」
私が中学生で映画を見始めた一九六〇年代後半、フランスのゴダールを除けば、世界で一番輝いていた映画監督は、フェリーニ、アントニオーニ、ヴィスコンティです。三人ともイタリア人で、私にとって、イタリアは最初から「映画大国」でした。しかし、主題的には、フェリーニの幻想、アントニオーニの存在論的不安、ヴィスコンティのデカダンスに共通点はありません。では、イタリア映画の特質とは何か?
本書の著者、古賀太さんは一二〇年以上に及ぶイタリア映画史のあらゆる名画を見尽くした上で、それは「地方色」だといいます。
小さな都市国家の集まりで、国の統一が遅れたイタリアは、それぞれの土地にその場所独特の精霊ともいうべきスピリットが息づいていて、人々の想像力の源泉になっています。ですから、フェリーニの生まれたリミニも、ヴィスコンティの描いたシチリアも、アントニオーニが舞台にした名もない港町さえも、その土地独自の美をたたえて、テーマや技法とは別に私たちを深く魅了するのです。
すぐれた映画作家がその土地にカメラを向けるだけで、イタリア映画だけの色や匂いが生まれる。だから、イタリア映画の本質は、必然的にその土地の現実を生々しく写しとるリアリズムになる、と古賀さんは説明します。なんと明快な分析でしょう。
そういえば、ここ数年で私が最も魅了された映画作家、アリーチェ・ロルヴァケルも、ジャンフランコ・ロージも、古賀さんは「二一世紀のレアリズモ」として見事に解説しています。まさにそのとおりです。
映画草創期にアメリカの「映画の父」グリフィスに大きな影響を与えたイタリア史劇『カビリア』から始まって、現代映画の構成組織を世界で初めて国家的に整えたムッソリーニ(!)の話など、面白い逸話も満載です。もちろん、マストロヤンニやソフィア・ローレンなどスターの話題もたっぷり。これ一冊でイタリア映画のほとんどすべてが分かる、ミニ百科事典というべき好著です。
中条省平
ちゅうじょう・しょうへい●学習院大学フランス語圏文化学科教授