[本を読む]
良妻賢母という呪い
なんで女性だけが“良い妻”で“賢い母”になるよう求められるんだろう。“良妻賢母”という言葉にカチンとくる人、逆になぜカチンとくる人がいるのかわからないという人、その両方に『良妻の掟』を全力で薦めたい。
マンハッタンで広報担当としてバリバリ働いていたアリスは、退職し夫婦で郊外の一軒家に越してくる。夫ネイトは堅実な人生プランに邁進しており、都会の狭い賃貸アパートを捨て、子どもを持って幸せな家庭を作る意欲満々だ。
築七十年の新居は全面的に修理が必要だが、経済的な理由により業者を頼めず、作家志望で在宅のアリスほぼ一人でやらざるを得ない。一方ネイトは「自分が外で稼ぐ」「養ってあげる」と、名実ともに“主人”となったことにご満悦だ。以前ならそんな態度にアリスもむっとしたはずだが、実は彼女は辞職について隠し事があり、辞めたせいで夫一人の収入に頼ることに負い目を感じていたのだ。そんなある日、アリスは地下室で一冊の古い料理本を見つける。どうやらこの屋敷の前の住民で専業主婦だった、ネリーに関連するものらしい。興味を持ったアリスは、隣人サリーの手を借りてネリーの生涯を調べ始める。
本書を読んで思い出したのがリチャード・イエーツの『レボリューショナリー・ロード―燃え尽きるまで』だ。ネリーとほぼ同時代、戦後の好景気を迎えたアメリカで若い夫婦が退屈な日常から理想の人生を望んだ結果、予想もしない悲劇へと突き進む。同名映画の方はレオナルド・ディカプリオ演じる夫がややソフトに脚色されていたが、男性優位社会での妻への無理解、無自覚なモラハラなど普遍的な問題を痛烈に描いている。
浮かび上がるネリーの人生は時を超えてアリスの生き方に影響を及ぼし、ネリーが残した手紙は衝撃の真相を突きつける。過去と現代がどんな結末を迎えるか見届けてほしい。なおネリーの章冒頭に引用される当時の良妻賢母指南書の文言の地獄みが只事ではない。くれぐれも心して読むべし。
♪akira
あきら●書評家・映画ライター