[受賞記念エッセイ]
半径2メートルから
わたしは声が小さい。本当に小さい。人生で一番多く言われた言葉は間違いなく「え?」である。寿司屋でほたてを頼めばはまちが来る。無理して大きい声を出すと、5分で喉が
文章を書くことは、小さい頃から好きだった。声の大小に関係なく、文章を書ければ、一文字も余さず言いたいことを届けられる。
中学生のとき、弁論大会というイベントで、クラスの代表として作文を読んだことがある。弁論大会が開催された講堂は二階席まである広さだったが、その広さゆえマイクが設置されていた。壇上に上がると、前列に座っている同級生たちの顔を見下ろす形になり、随分とおく感じられた。マイクの存在に感謝しながら、わたしは冒頭を読み上げた。タイトルは、「将来の夢」。
――物心ついたとき、将来の夢はうさぎだった。野菜嫌いだったわたしに、母はレタスを食べればうさぎになれると言った。それを信じて、一生懸命レタスを食べていた。
その後、自分の夢がどう変わっていったかを述べ、作文はこうしめくくられる。
――今、わたしの夢は、作家になることだ。この先また将来の夢は変わっていくかもしれない。でもそのたびに、うさぎになりたくてレタスを食べた気持ちを忘れないようにしたい。
昔の話なのによく覚えているのは、作文が話題になって、クラスの友達や先生に声を掛けられるようになったからだ。そのとき、自分の文章が誰かに届く楽しさを知った。
わたしの夢は、それからずっと変わらなかった。中学生のわたしに、教えてあげたい。信じられないよね。長い間レタスを食べ続けていたら、本当に叶えられたよ。
わたしの声は、半径2メートルにしか届かない。でも印刷されて本になれば、いよいよ多くの人に届くことになる。怖さももちろんあるけれど、できる限り楽しみたい。
撮影=中野義樹
大谷朝子
おおたに・あさこ●1990年千葉県生まれ