[インタビュー]
一番大切にしているのは
実社会とつながる勉強
「満点ゲットシリーズ せいかつプラス」は、幅広い世代に愛される「ちびまる子ちゃん」が、日常のなかの様々な問題と格闘しながら学びを深めていく、子どもたちの生活実用書シリーズです。インターネットやSNSがすぐ身近にあり、日々劇的に変化している社会で、自ら考え、生き抜く力が自然と身につく内容となっています。同シリーズから、このたび『ちびまる子ちゃんの仕事の見つけかた』が刊行。刊行に先立ち、シリーズの多くと本書の監修を手がけられた沼田晶弘さんにお話を伺いました。
聞き手・構成=小元佳津江/撮影=山口真由子
「自分ごと化」されれば人間は勝手にやる
―― 沼田さんは、関連書(『満点ゲットシリーズ ちびまる子ちゃんの自由研究』)も含めると同シリーズの監修を、本書を含めて7冊手がけられています。どんな思いで監修をされてきたのでしょうか。
今、世の中にすごく情報があふれているから、これまでだったら、子どもたちが誰かからの口伝えで知ったようなことも、口伝えではなくなってしまったんです。例えば、性教育なんかその最たるもので、昔は先輩とか近い人から聞いていたのに、最近はTikTokや無料の動画なんかを見て、そういう世界に触れてしまう。先輩から聞く場合には、先輩の感想や助言なども一緒に聞けたわけだけど、インターネットの情報だと、等身大を遥かに超えて、度が過ぎているようなものもたくさんある。それは性教育に限らず、何でもそうなんですよ。
例えば、トップユーチューバーの人が勉強法について語る動画もたくさんありますが、ああいうのを作っている人はたいてい成功者で、元々勉強ができる人。友達付き合いも、そのノウハウ動画を作っている人は、元々それが上手な人が多い。すると、苦手な人にとってはできないことばかりなんです。このシリーズには『ラクラク勉強法』や『友だちづき合い』もあるけれど、そんなことから僕は、とにかく普通の子、それが苦手な子でもわかるようにというのを意識しました。ちなみにシリーズ内に『整理整とん』もあるんですが、これはもう、特に意識しなくても必然的に苦手な子向けになりました。僕、整理整頓が大の苦手なので(笑)。
―― 得意な人が作ったものは苦手な人には実践できないというのは、まさにその通りかもしれませんね。
そうなんですよ。そういう意味でもこの「ちびまる子ちゃん」が絶妙にいいんです。いろんなことにおいて、全然できないわけでもなく、やったらできそうだけど「できない人代表」みたいな位置にいるから。そういう子って自分でハッと気がついた瞬間伸びてくるんです。シナリオライターさんの力も大きいと思いますが、このシリーズは、いつもそういうドラマがきちんと見えるから、終わり方も美しいんですよ。
―― その「ハッと気がつく瞬間」というのは、どういうときにやってくるものなのでしょうか。
やっぱり、その問題が「自分ごと化」されたときでしょうね。大人もそうですが、自分ごと化されれば人間は勝手にやるので。裏返すと、やる人や上手な人というのは、自分ごと化されているからできるし、上手なんです。例えば、ここぞという写真を撮るときに痩せようと思うのもそれ。僕だって、もしグラビアのオファーが来たら、めっちゃ痩せる自信ありますもん。オファーが来ないから痩せないんです、はっきり言って(笑)。だからこのシリーズも、いかに子どもたちに自分ごと化してもらうか、というところに重きを置きました。学校の授業でも、自分ごと化してもらうために、「これを知っておくと、将来こういうときに役立つぞ」って伝えたり、ゲームやミッションにしたりして、自然と興味をもってもらえるよう工夫しています。
「この子と一緒に仕事をしたい」と思えるか
―― 新刊の『仕事の見つけかた』には、どんな思いが込められているのでしょうか。
これをつくっておきながら、矛盾して聞こえるかもしれないけど、僕は、小さいときに将来なりたいものが「ない」でも別にいいと思っているんですよ。なりたいものがある子が偉くて、ない子がダメだとは全く思わないし、なりたいものがどんどん変わってもいい。今って、何か「こうじゃなきゃいけない」とか「こうあるべき」が多すぎる気がして。
ただ、最終的に子どもがどうやって何かになりたいという気持ちをもつようになるかといったら、やっぱり「知ること」が大きいと思うんです。例えば、幼稚園生くらいの頃にお花屋さんやケーキ屋さんに憧れる子って多いけど、それは、それが彼らの身近にあるものだから。でも、もう少し大きくなるとその職業の大変なところも見えてくる。そこで、じゃあどうしよう、とまた考えが深まる。だからまず、とにかく知ること。だって、知らないものは目指せませんからね。
―― 本書でも、まるちゃんたちが、先生や周囲の大人に仕事について話を聞いたりして、理解を深めていきますね。
そうそう。小学生の頃は、世の中のあらゆる仕事に自力で視野を広げるのは難しいので、本書のような本の世界で触れてもらうのもいいと思います。一口に仕事と言っても、どんな業種や職種があるかに加え、業務形態もある。僕の妻はフリーランスなんですが、大人でも、フリーランスってどう働いているかわかっていない人も多いですよね。だから、フリーランスも自営業も入れた。さらに広げて、アルバイトやボランティアや家事についても入れました。どんな仕事にもいい面と悪い面があって、いいところしかない仕事なんてないじゃないですか。だからわりと、現実に即した内容になっていると思います。
今は時代の流れが速いから、今ある仕事が、子どもたちが大きくなる頃にもあるとは限らないし、逆に、今はない仕事が生まれているかもしれない。でも、この本で書いたのは、それぞれの職業の細かな紹介ではなく、仕事を選ぶときの考え方について。だから、この先どんな社会になったとしても役立つ内容になっているんじゃないかと思います。
©さくらプロダクション
「将来なりたいもの」がテーマの作文を書くため、世の中のお仕事さがしをはじめたまる子たち。「会社」や「税金」など社会の仕組みも学びながら、様々な仕事の特徴を発見していきます。
―― 日本でも、昨今「キャリア教育」の重要性が叫ばれるようになりました。背景にはどんなことがあると思いますか。
一つには、いい大学を出れば大企業に入れるとか、一旦、社員として入社したら定年まで安泰に暮らせるといった“神話”が崩壊したことがあるでしょうね。決まったレールがなくなって自分で探す必要が出てきたときに、どうするべきかわからず迷ってしまう人も出てくる。そういうなかで、教育の場でもその対策をしていこうということなんだと思います。
でも僕は、キャリア教育なんてものが導入される前から、わりとそれに近いことをやってきたかなあと思っていて。というのは、僕はいつも「自分はこの子たちと一緒に仕事したいと思えるかどうか」という観点で、彼らと向き合っているんです。例えば、突然何かが起きて中学生以上がいなくなり、小学校を卒業していきなり働かないといけなくなったとき、即戦力になれるのか。そのくらいの年齢には、そろそろファンタジーの世界から抜け出してほしいと思っているんです。
―― 小卒の時点で即戦力になれたら、最強ですね。
なれますよ。だからね、大人が子どもを舐めすぎているんですよ。子ども、できるんだもん。できるのに、子どもだからとか言ってやらせない。または、過剰に色々言ってしまう。だから、できるようにならないわけで。何だろう、日本では子どもはずーっと、そんな大人に対してうんざりしてきたはずなんですよ。
―― 確かに、子どもの頃はそうだったかもしれません。
でしょ? なのに、大人になったらみんな同じことをやるでしょ。でも、そういう自分を認識しつつであれば、別にいいんじゃないかと思うんです。僕も、先生として言わなきゃいけないことがあるのはわかっていますが、自分が言われて嫌だったことは極力言わないようにしています。子どもを大人として扱えば、色々と言いすぎることもないし、もしかすると、それがキャリア教育の第一歩なのかもしれません。
「頑張り力」こそ大きな財産
―― キャリア教育に相当するようなこととして、ほかに、沼田さんはどんなことをされていますか。
日本ってあまりお金のことを話さないという風潮があるけど、僕はお金のこともどんどん子どもたちに話しています。例えば、値上げに文句を言う人がたくさんいるけど、自分の商品が値上げできないと給料も上がらないよね? みんな、ユーチューバーになりたいって言うけど、どのくらいの人がいくらくらい稼げてるか知ってる? とか。子どもたちは「社会のお子様」であって「学校のお子様」じゃない。だから僕が一番大切にしているのは、実社会とつながる勉強なんです。日本の教育も少しずつ変わってきてはいるけど、まだまだそこのつながりが弱いんですよね。
――今後は、AIの台頭で仕事の様相がだいぶ変わるとも言われています。子どもたちに必要なのはどんな力でしょうか。
これまでは「自分がどう生きるか」が注目されがちだったけど、AIが入ってきたことで「どんな仲間と生きるか」のほうが大事になってくるのかなと。苦手なことは誰かに任せればいいし、どんなチームでやっていくのか、そのチームをつくる力が問われるんだと思います。もう、一人で全部できるやつがすごい時代は終わりつつあって、何か局所的にすごい力をもっているやつのほうが強いと思うんですよ。
―― そうなると、個性が重要になってきますよね。日本の教育は、個性が育ちにくい側面もあるように思うのですが。
それは、そういうなかで育った人が先生になっているからですね。強い個性を許さない人はまだまだいるけど、それもだんだん変わってくると思います。ただ、間違えちゃいけないのは、個性はあっていいけど、同時に常識も必要だということ。そこは指導する側も意識する必要がありますね。
―― 子どもたちが自らの力で仕事を見つけていく際に、最も大事なことは何でしょうか。
まずは、好きなことを見つけたらとことん頑張って、それに邁進してみてほしいですね。その結果、その夢が実現できなくても別にいいんですよ。少なくとも邁進したことで「頑張り力」はつくし、その力がほかで発揮される可能性もあるわけだから。それこそが財産であって、これは時代が移ろっても変わらないと思うんです。一方で、本書にも出てきますが、「好き」なものから考えてみて、うまくいかなければ、「得意」なことや「イヤ」なことから考えてもいいと思います。その得意にも実は色々ある。例えば、同じフォトグラファーでも、写真撮影の技術がすごい人もいれば、撮影現場でのコミュニケーション能力が抜群という人もいますよね。それだって「得意」を活かしているわけです。あと、好きな仕事で稼げたら一番だけど、「好きじゃないけど仕事としてはこれをやる」だっていいと思う。僕も最初から教師を目指していたわけじゃないですしね。
なりたい仕事を見つけるまでの道のりって、必ずしも一本道じゃないと思います。いろんなアプローチがあるし、途中で変えてもいい。子どもたちには、そんなことをこの本から感じてもらえたら嬉しいですね。
※「満点ゲットシリーズ せいかつプラス」に関する詳しい情報は、公式HPをご覧ください。
https://kids.shueisha.co.jp/seikatsuplus/
沼田晶弘
ぬまた・あきひろ
東京学芸大学附属世田谷小学校教諭。1975年東京都生まれ。児童の自主性・自立性を引き出す斬新でユニークな授業が数多くのテレビや新聞、雑誌で話題に。学校図書「生活科」教科書著者。「満点ゲットシリーズ せいかつプラス ちびまる子ちゃん」の『整理整とん』『マナーとルール』『時間の使いかた』『ラクラク勉強法』など、監修本や著書多数。
『満点ゲットシリーズ せいかつプラス ちびまる子ちゃんの仕事の見つけかた』
キャラクター原作:さくらももこ
監修:沼田晶弘(東京学芸大学附属世田谷小学校教諭)
画:菊池 朋子
画:(株)さくらプロダクション
編者:登坂 恵里香
11月4日発売・単行本
定価 990円(税込)