[本を読む]
かくして物語は生まれる
俊英・周防柳が、井原西鶴の『好色五人女』を、新たな解釈で描く。これだけでワクワクして、早く本を手にしたいという読者がいることだろう。しかし一方で、『好色五人女』は、タイトルしか聞いたことがないという人も多いと思う。だが、そんな人にも、
西鶴の浮世草子『好色五人女』は、五つの有名な男女の事件を題材にした、モデル小説といっていい。現代で最も知られているのは、惚れた男に会いたくて放火事件を起こし、十七歳で処刑された“八百屋お七”かもしれない。その事件を作者は、第一話「八百屋お七」に持ってきた。
しかも物語は、山善という薬屋が、俳諧の師匠への土産にするため、事件の話を聞く場面から始まる。第五話を除いて、各話共通のプロローグだ。これにより『好色五人女』の内容が、簡単に分かるようになっている。
それが終わると、ストーリーは本番。まず、商家の娘のお七の視点で、寺の世話になっている吉三郎との恋が綴られていく。だが、吉三郎に視点が移ると、それまで見えていた恋物語の風景が一変。おぞましい事実と共に、お七の放火の真実が明らかにされるのだ。
続く、「おさん茂兵衛」「樽屋おせん」「お夏清十郎」も、不義密通や駆け落ちの裏にある、意外な事実が暴かれる。どれも終盤にサプライズがあり、ミステリーとして楽しめた。
そしてラストの「おまん源五兵衛、または、お小夜西鶴」で、山善の集めた話が、井原西鶴のためであることが判明。西鶴の過去の秘密を絡めながら、『好色五人女』が、いかに創られたかを活写するのだ。『逢坂の六人』『蘇我の娘の古事記』『身もこがれつつ――小倉山の百人一首』などで、歌集や歴史書がいかに成立したかを描いてきた作者らしい作品になっている。そしてそこで示されたフィクションの意味に、深い共感と感動を覚えるのだ。
細谷正充
ほそや・まさみつ●文芸評論家