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今月のエッセイ/本文を読む

『映画ノベライズ 耳をすませば』樹島千草 記念寄稿
雫の「十年」に思いをはせて

[今月のエッセイ]

雫の「十年」に思いをはせて

 ――あなたは夢があっていいね。
 映画『耳をすませば』を観た時、私は高校時代に友人から言われた言葉を思い出しました。
 正確な日付は覚えていませんが進路について考え始める時期で、友人との会話にも少しずつ志望校や塾の話題が増えていた頃だったように思います。
 私は漠然と「小説を書いて生きていけたらいいなあ」とは思っていましたが、まだ新人賞への応募もしておらず、果たしてその程度の思いを「夢」と呼んでよかったのかも曖昧あいまいです。それでも自分の進みたい方向すらわからない友人にとっては、目指すべき場所があるというだけでうらやましいのだと言っていました。
 映画の中で、主人公のしずくは当時の私よりもずっと具体的に小説家になる夢を思い描いています。夢見るだけではなく、それをかなえるために行動もしています。
 ――毎年、長編の物語を書き、新人賞に応募し、落選結果を受け止める。毎回落ち込むけれど立ち直って、また次の新人賞のためにペンを執る。
 しかもそれを十年も。
 そのひたむきさを友人の夕子や杉村は心から応援します。何度失敗しても起き上がり、前を向く雫を「すごい」と賞賛し、見守り、寄り添います。夢が見つからなかった自分を、夢を諦めてしまった自分を雫に託し、せめてあなただけでも目指した場所にたどり着いて、と熱心に送り出すのです。
 そして雫はそれに応え続けます。応援してくれる友人に笑顔でうなずき、見守ってくれる両親に感謝し、遠く離れた土地に住む恋人の聖司せいじを想いながら、一度も足を止めずに努力し続けます。
 そんな彼女の姿勢はとてもまっすぐで、けなげで……私には少しだけ危ういものに見えました。

 ひいらぎあおい先生の漫画『耳をすませば』はとても純粋な物語です。一人の中学生が恋を知り、夢を見つけ、一歩前に踏み出す……。芽吹いたばかりの若葉のみずみずしさと若々しさに私は目を奪われ、雫の行く末を夢中で応援しました。
 ただ映画『耳をすませば』はその十年後の姿を私たちに見せつけます。
 きっとこれからぐんぐん成長し、綺麗な花を咲かせるのだろうと思っていた苗木はまだ苗木のままで、花も実もつけていません。これから花が咲くことを思わせるつぼみもまだ見えません。
 普通なら、立ち止まってもおかしくない状況です。人間、好きなことと得意なことは違うし、もしかしたら別の方向に進んだ方が才能を発揮できるのではないか、などと考えて。
 それでも雫は諦めないのです。
 夢を見つけてしまったから。聖司と一緒に頑張ろうと約束してしまったから。
 雫の「夢が叶わない苦しさ」と、夢が見つからない苦しさはどちらの方がつらいのでしょう。比べるものではないと知りつつ、私はそんなことを思わずにはいられませんでした。

 私は社会人になってから、仕事の合間に新人賞への投稿を始めました。そして数年目にしてようやく一度最終選考まで残り、それから何度かの投稿を経て、とある新人賞をいただきました。
 あの頃のことを思い出すと、やっぱり楽しさよりも不安や恐怖の方が記憶に残っています。集中して書いている時や、書き上げた後の満足感が徐々に薄れ、結果が出る頃になるととても落ち着かなくなった日々……。あの日々を雫は十年もの間、ずっと体験しているのだと思うと、尊敬するやら恐れ入るやら、様々な感情に翻弄されます。

 映画『耳をすませば』は夢が叶わない苦しさを抱いている人と、夢が見つからない苦しさを抱いている人の、両方に寄り添ってくれるでしょう。
 努力している最中の人はきっと、隣を走る雫の姿に励まされるはずです。「私はまだ行ける。あなたはどう?」と。
 そして夢が見つからずに不安を抱く人には、夢を見つけた場合、どうなるのかを雫が見せてくれるかもしれません。本気で追えば追うほど、叶わない夢の重みは本人の両肩にのしかかる……。夢を見つけるというのは、そうなる可能性もあるものなのだと。
 それでもしなやかに前を向く雫の姿に、私はとても勇気をもらいました。うまく行かなくても、叶わなくても、まっすぐに「夢」を追う雫の強さに圧倒されながら。

樹島千草

きじま・ちぐさ●作家。
東京都生まれ。某大学文学部卒業。著書に『映画ノベライズ 虹色デイズ』『咎人のシジル』『太陽の子 GIFT OF FIRE』『スケートラットに喝采を』『神隠しの島で 蒼萩高校サッカー部漂流記』等。

『映画ノベライズ 耳をすませば』

樹島千草 著

集英社文庫・発売中

定価 693円(税込)

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