[今月のエッセイ]
ありがた迷惑!?
『与太郎侍』がゆく
新シリーズ幕開きに寄せて
名作・山手樹一郎の『桃太郎侍』、一条明の『金太郎侍』……そして令和の“迷作”『与太郎侍』が誕生します! と自画自賛。
作風とテーマは「イノセントな人物による、ありがた迷惑」です。
何にでも首を突っ込んでは事態を悪化させてしまうが、主人公の人柄と巻き込まれた人たちとの善意が重なって、結果オーライ的に物事が解決する寓話のような物語です。もちろん、義俠心や親切心で目の前の困っている人を助け、悪事を働く奴を
「そもそも与太郎の旦那が関わらなければ、何事もなかったんじゃねえ? もしかして“小さな親切、大きなお世話”」
みたいな、ちょっと
私はかつてテレビ時代劇を手がけていたので、小説を書き始めた頃には、「ご存知もの風なのは避ける」「解決として人殺しはしない」というふたつだけは心に決めておりました。つまり権力で断罪したり、救いようのない極悪人だからと始末することもしません。こういう溜飲の下げ方は避けたのです。
元々、今の若者は知らないでしょうが、昭和時代に人気を博した佐々木
ですから、手前味噌ですが、『くらがり同心裁許帳』や『梟与力吟味帳』(NHK土曜時代劇「オトコマエ!」原作)」『樽屋三四郎言上帳』などで、主人公はスーパーヒーローではなく、ふつうの真面目な人物。そこに“おかしみ”や“うがち”を添えた作風で書いてきたつもりです。もちろん、時代小説には不可欠の人情、活劇、風格や品性という軸は外してはなりません。ですから、『与太郎侍』シリーズも時代考証や人物のリアリティは当然のことながら、ちょっとした笑いの中に時代小説らしい“美学”を追求していきたいと思います。
実は、この作品は、集英社の岩田さんが、拙作『寅右衛門どの江戸日記』や『ご隠居は福の神』などを読んで下さり、まるで熱烈なファンレターのような手紙をいただいてからスタートしたものです。岩田さんの目指すところも「深刻なテーマでもユーモラスに描く」という小説で、私としては願ったり
もちろん、ただのアチャラカやおふざけをするつもりはありません。舞台となる江戸時代に、現実に生きていた人間を、真剣に見つめる眼差しをきちんと注ぎ込んでいます。あくまでも、本当にいそうな「ドジで、間抜けで、悲しいくらいお人好しな、あるいは小ずるい、さもしい、いい加減で適当で、はたまたクソ真面目な」様々な人間のささやかな“本性”を笑い飛ばす物語です。人間てよくよく観察すると、説明の出来ないおかしみに溢れています。矛盾や不条理、不合理で一杯です。まさに人間喜劇。
物語は、足柄山の金太郎さながらに箱根の山奥で育った青年が、成り行きで町に下りて来たところから始まります。しかし、なぜか自分のことを狙ってくる怪しげな者たちがいる。まったく身に覚えのない与太郎が、降りかかってきた事件に首を突っ込む間に、己の出自も含めて、色々な謎が少しずつ明らかになってきます。
やがて、活気ある江戸の
何をどう笑うかは、幸せの感じ方にも通じ、社会観や価値観、人生観を考えることにもなります。人間て、悲しいくらい、おかしい生き物だということを、誰にでもある“そこつ”な面を笑って、古くて新しい人生賛歌を味わえるユーモア時代小説です。宝塚の雪組で上演された『夢介千両みやげ』に負けないミュージカル時代劇になることを祈ってます。
井川香四郎
いかわ・こうしろう●作家。
1957年愛媛県生まれ。中央大学卒業。著書に時代小説シリーズ「船手奉行うたかた日記」「くらがり同心裁許帳」「暴れ旗本天下御免」「梟与力吟味帳」「樽屋三四郎言上帳」「刀剣目利き 神楽坂咲花堂」「ご隠居は福の神」「桃太郎姫」等多数。