[特集対談]
池井戸 潤×内藤尚志
消防団は地域コミュニティーの「核」。
歴史ある組織を次の世代に伝えたい
やっと見つけた、穏やかに生きられる場所。しかしそこは、想像以上に濃い人間の情と業が渦巻く土地で――。
亡き父の故郷に移り住んだミステリ作家が地元消防団の一員となり、次々と起こる事件に巻き込まれていく『ハヤブサ消防団』。池井戸作品初の“田園”ミステリであるこの作品を読み解く上で鍵となるのが、主人公をはじめ主要登場人物が所属し活動する消防団の存在だ。
町を災害から守るため、住民自らが参加し運営する組織の実像とは? 知られざるその活動についてご教授願おうと、消防庁長官室を表敬訪問! 読めばあなたも消防団に入りたくなる、かも。
構成=大谷道子/撮影=大槻志穂
田舎暮らしに不可欠な
つながりの場として
内藤 ようこそお越しくださいました。世に
池井戸 ありがとうございます。
内藤 新刊の『ハヤブサ消防団』はミステリ作品であるということで、読む前からとても期待を持っていました。そして、何といっても地域の消防団の活躍を描いているということ。山間の静かな町で暮らしはじめた主人公の作家が住民の勧誘で地元の消防団に入ることになるのですが、そこで起こった連続放火を皮切りに、さまざまな事件に遭遇する。物語が進行するにつれ登場人物たちがだんだんと別の顔を見せはじめ、グイグイと引き込まれて……。一気に読み終えた後には少し物悲しい余韻が胸に残る、とてもすばらしい作品でした。
池井戸 ありがとうございます。僕は岐阜県の出身で、舞台である
内藤 日々の活動や居酒屋での集会、訓練の様子など、随所に出てくる消防団の活動の描写が非常にリアルでしたね。ずいぶん綿密な取材をなさったのでは?
池井戸 実は、この作品に書いてある消防団のエピソードの半分くらいは、本当に起こったことなんです。ハヤブサ消防団が消防操法大会(消防団員が消防用機械器具の操作技術を競う大会)に出場した際の「マンガか?」というエピソードも地元の友人たちの体験で、ウソだろうと思うような出来事ほど現実であるという(笑)。僕のLINEには地元の消防団員のグループが登録してあって、執筆中、わからないことを尋ねると「こうだよ」とすぐに答えが返ってきた。連載中もずっとアドバイスをくれていて、単行本にまとめる際に生かしたものもあります。
これまでにも『空飛ぶタイヤ』のように、現実の事件をモチーフにして物語を書いたことはありますが、これほど自分の身近なところで起こりそうなことを描いた作品は、はじめてだと思います。
内藤 現在、日本で消防を担っているのは大きく分けてふたつの組織で、ひとつは市町村の消防職員の方々が仕事として携わる「常備消防」。もうひとつが「消防団」で、普段は他の仕事に従事している地元の方々が消火や防災業務に携わっています。歴史をひもとけば、実は消防団のほうがずっと古く、ルーツは江戸時代の
池井戸 そんなに古くから。
内藤 明治に入ってまずは大都市から常備消防が作られはじめますが、全国的には消防団……当時は「消防組」と呼ばれていた組織が、地域の防災をおもに担っていました。その大本にあるのは、自分たちの町や集落は自分たちで守るという精神。池井戸さんの地元のように、在住の方が若い頃から消防団に入るのは、ごく当たり前のことだったのでしょう。
ボランティア精神で
命と暮らしを守る
池井戸 作品の冒頭、主人公が公民館に呼ばれて消防団員たちに取り囲まれる場面があります。まったくの想像で書いたんですが、地元の友人たちは「まさにこの通りだ」と。できるだけ大勢で押しかけて、イヤとは言えない雰囲気を作ってしまうのがコツだそうです(笑)。
内藤 フフフ。しかしいったん入ってしまえば、ハヤブサ分団のように仲間との親密な関係が築けるわけですよね。地域を知っていく場にもなりうる。
池井戸 消防団のゴルフコンペがあったりして、普段から付き合いは頻繁なようですね。地元の友人たちは、訓練がけっこうしっかりあって大変だと言っていました。とくに操法大会に向けての訓練などは、もろに体育会系だと。
内藤 実際、そうだと思います。今年の全国大会は10月29日に千葉県で開催されますが、市町村大会を勝ち抜いて都道府県大会になると、いわゆる強豪同士がぶつかるので、大変な気合いなんですよ。
池井戸 まるで消防の“甲子園”ですね。
内藤 昨年、長崎県で行われた地域防災力充実強化大会(消防団を中心とした地域の防災力を向上させるための知識を共有する全国大会)に出席したのですが、ある地域の消防団長の方が強豪と名高い某地域の消防団に「今年は勝った!」とたいへん喜んでおられました。
池井戸 僕の地元は「まあ、ええやないか」という適当な感じで、実にのんびりした雰囲気でしたけど(笑)。
内藤 技を競うためだけでなく、実際の消火活動は非常に危険を伴う行為ですので、自らの身を守るためにもしっかりと訓練して動作や手技を身につけていただくことは大事なこと。ですから、どうしても熱は入りますよね。都市部で火災が発生した際は、常備消防の消防署からすぐに出動がかかりますが、地方、とくに集落が点在している地域では、消防署から消防士が到着するまでに時間がかかる。となると、まず初動は消防団の分団の方々が駆けつけなくてはなりません。ほかにも、風水害が発生しそうな際に警戒をしたり、住民の方々に避難を呼びかけたりする活動もあります。
池井戸 お祭りや行事での仕事もたくさんあるんですよね。あと、地元でよく行方不明になったお年寄りの情報を知らせる防災行政無線を耳にしましたが、捜索しているのも消防団の方々だと。ハヤブサ分団は、町長が名物にしようと目論む「ツチノコ」探しにまで駆り出されますけど、なんとなくありそうな話かなと(笑)。
内藤 ハハハ。市町村からも頼りにされている存在ですからね。そして、ボランティア精神で地域を守る消防団は、人と人とのつながりが希薄になった社会で、まさに地域のコミュニティーの核となる貴重な組織。ですから、なんとか消防団員の減少を食い止めたいと、私たちも一所懸命に取り組んでいるところです。
現在、全国でおよそ80万人が消防団員として活動されていますが、消防職員が17万人ですから、100万人ほどの方々が消防に携わっていることになります。ちなみに、データを取りはじめた昭和29(1954)年には、消防団員は200万人もいたといいます。
池井戸 へぇーっ。
内藤 しかし、地方では担い手となる人口そのものが減っているし、都市部では地方と違って町を自分たちで守るという感覚がそもそも希薄。消防団にアプローチするという気持ちが湧かないわけです。
池井戸 私も東京に住んでいますが、確かに日常、消防団の活動に触れる機会はあまりないですね。周囲の編集者たちに聞いてみても、消防団について知っている人はほぼいませんでした。
内藤 そうだろうと思います。ただし、常備消防が整った都市部でも、ひとたび火災が発生すれば、消火活動はしないまでも住人に避難を促したり、通行人の方々に危険が及ばないように規制をしたりするなどの活動は、地域の消防団が担います。さらに、発生リスクが高まっているといわれている首都直下型地震ともなれば、いたるところで火災が発生し、倒壊した建物の瓦礫に人が埋まるということが起こるわけですから、そうなると常備消防だけではとても対応できません。都市部においても、消防団は欠かすことのできない組織なのです。
池井戸 うーむ。
内藤 私は2021年の7月に消防庁長官に就任しましたが、その直後の7月3日に静岡県の熱海市で土石流災害が発生しました。地元の熱海市消防を静岡県内各地の消防が応援し、さらに消防庁で緊急消防援助隊を結成して東京都大隊、神奈川県大隊など10都県から陸上部隊が出動しました。消防団員の方々にも住民の避難誘導などを担っていただきました。災害の規模が大きく、活動は長期に及びましたが、住民の生命と安全を守るという気持ちの強い方々が本当に頑張ってくださったと思っています。
減少食い止めの鍵は
「格好よさ」にあり?
池井戸 頭が下がりますね。参加を呼びかけるためには、どんな啓発活動を?
内藤 ひとつの試みとして、まずはお子さんたちに消防団について知っていただこうと、文部科学省と協力して今年度から小学校の防災教育の時間に地元の消防団の方々を派遣し、消防や防災についてのレクチャーや実演を行っていただいています。お子さん方が家に帰って保護者の方々に伝えることで、存在に気づくきっかけになればと願って。また、学生消防団、女性消防団の活動があることを知っていただく啓発活動にも取り組んでいます。コロナ禍でなかなか勧誘活動がしにくい昨今、全体としての消防団員数は減少しているんですが、学生消防団員と女性消防団員の数は少しずつ増加しているんですよ。
池井戸 確かに、大学に応援団があるなら、消防団があってもいいですよね。あと、消防団での活動を、その方の勤務先の企業などにもっと認めてもらえるといいのではないでしょうか。
内藤 おっしゃる通りです。積極的な地域貢献として認めてくださる事業所も多少はありますが、消防団員の方々がさらに活動しやすくなるよう広くお願いをしていて、消防団から招集がかかった際はそちらを優先できるように協力を呼びかけています。そうした事業所に表示証を掲げていただく「消防団協力事業所表示制度」も広めている最中です。
池井戸 それならわかりやすいですね。
内藤 あと、作品の中でも触れていただいていますが、消防団活動には少額ではありますが手当が出ること(「団員」階級の者については、年額3万6500円が標準。出動報酬は別途)なども……。大事な活動をしていただいているわりには、活動実態の認知度が低いんですよね。ですから今回、お取り上げいただいたことを本当にありがたく思っているんです。少しでも多くの方に、とくに若い世代の方々に消防団の存在と活動の意義を知っていただけたらと。
池井戸 いえいえ、微力ではありますが……。思えば、小説の中ではハヤブサ分団のメンバーがしょっちゅう飲み会をやっているんですが、ああいうのもちょっと若い人には引っかかるかもしれませんね。何かあるとすぐに「飲みに行こうや」というのは面倒くさいと(笑)。
内藤 フフフ。しかし、実際どんな雰囲気なのかを知っていただくのは、いいことだと思います。池井戸さんの作品はテレビドラマや映画になることが多いですが、もし『ハヤブサ消防団』が映像化されることがあれば、ビシッとした若い消防団員の姿を紹介していただけると、さらにありがたいのですが……。
池井戸 さあ、どうなることでしょう(笑)。あと、思うに消防団のユニフォーム、あれをもう少し格好よくしていただけるといいんじゃないでしょうか。あの色使いは、どうも。ところで内藤長官も、ユニフォームはあるのですよね?
内藤 私のは、これですね(ロッカーから長官用のユニフォームを取り出す)。
池井戸 ああ、これなのですね。あ、これは階級章? 五つ星ですね。
内藤 そうですね。五つ星をつけているのは、消防庁長官のみです。
池井戸 旗もありますね。これは式典などの際にはずっと傍に?
内藤 はい。やはり組織だった活動をするわけですから、こうしたものがいざという際には目印になるんです。
池井戸 就任される際、敬礼の練習などもなさったんでしょうか。
内藤 ええ。長官として消防職員の方や消防団員の方と対面する機会が多いですから、そのときに「締まりがないな ……」と思われるとまずいですから(笑)。
池井戸 さすがですね。そうそう、うちの地元の消防団はそこらにある制服を適当に着ていたらしいんですが、あるときいちばん下っ端のやつが、もっとも階級の高い服を着ていたことがあったとか(笑)。まだわかりませんが、もし『ハヤブサ消防団』の続編を書くことになったら、そういうリアルなエピソードをさらに集めて盛り込みたいと思っています。
対談本編が終了しても雑談は続き、お二人ともまだまだ話し足りないご様子。中央に写るのは『ハヤブサ消防団』のポスターと、「消防団協力事業所表示制度」で交付される表示証。
※本対談は2022年6月17日に実施しました。
池井戸 潤
いけいど・じゅん●作家。
1963年岐阜県生まれ。慶應義塾大学卒。98年に『果つる底なき』で江戸川乱歩賞を受賞しデビュー。著書に『鉄の骨』(吉川英治文学新人賞)『下町ロケット』(直木賞)「半沢直樹」シリーズ、『民王』『七つの会議』『陸王』『アキラとあきら』等多数。2021年度より「全国統一防火標語」の選考委員を務めている。
内藤尚志
ないとう・ひさし●自治・総務官僚。
1961年生まれ、長野県出身。東京大学法学部卒業後、84年旧自治省へ入省。その後、さいたま市助役、内閣官房内閣審議官、総務省自治税務局長、同省自治財政局長等を経て、2021年に第45代消防庁長官に就任。22年6月28日付で総務審議官に就任。