[本を読む]
あぶり出された荒涼たる被爆者援護行政
広島、長崎への原爆投下から77年の今年、核を巡る国際秩序が激しく揺さぶられている。ロシアのプーチン大統領が兄弟国ウクライナを侵略し、「核の恫喝」を前面に押し出しながら、今この瞬間も
核戦力部隊を特別戦闘態勢に置いた独裁者の口から「核」という言葉を聞く度に、戦慄を覚える。長崎を最後に核保有国の為政者が押すことをためらい続けた「核のボタン」――。それにプーチン氏が指を掛け、77年間続いた「核のタブー」を破壊するのではないか……そんな恐怖心がわが身を襲う。
核の歴史の大きな分岐点かもしれない今夏、本著を手にした。「黒い雨」を浴びた被爆者が被爆者と認定されず、「切り捨てられる被ばく」の実相が、多くの「黒い雨」被爆者とその関係者への精緻なインタビューから克明に浮かび上がる。
そして広島地裁、高裁と続いた「黒い雨」訴訟を丹念に、かつ粘り強く追い続けることで、低線量被ばくと内部被ばくを軽視してきた唯一の被爆国政府による被爆者援護行政の荒涼たる現実があぶり出されていく。
「黒い雨の問題ってね、貧乏との闘いでもある。病気で十分働けなくって、お金が残るはずがない。国が勝手に戦争をして、病気だらけの人生を放っておいた。黒い雨で被ばくをして病気のひどい人は、死ぬ道しかないような気がする」
2019年秋、著者は訴訟の中心人物、高東征二氏からこの言葉を聞かされ、覚醒する。なぜなら「『ピカドン』の記憶を掘り下げることこそ、被爆の実態に迫ることだ」と信じて毎日新聞に入社し、広島支局を希望した経緯があったからだ。
しかし、核という決して生身の人間に使われてはならない「悪魔の兵器」の犠牲者は、とてつもない爆風と熱線を爆心地周辺で間近に浴びた被爆者だけではない。「黒い雨」に象徴される放射性降下物によって健康な肉体を奪われた被爆者が
7年前の提訴から少なくとも18人の原告が天空に旅立った。行政の引いた人工的な一線によって多くの被爆者が差別され、分断されてきた被爆国の実態。新進気鋭の若手ジャーナリストの渾身の一冊である。
太田昌克
おおた・まさかつ●ジャーナリスト