[インタビュー]
少女の時間の終わりで一区切りを
西洋美術史の研究者としてスキップ(飛び級)でイギリスの大学院で学び帰国した18歳の
聞き手・構成=神田法子
絵画の呪いをめぐる謎を
少女が解決するシリーズ
――『異人館画廊』シリーズは、絵画にまつわる「呪い」を解いていくミステリーというのが特徴ですね。
私は以前デザインの仕事をしていたこともあり、美術、絵画が好きでずっと色々なものを見てきました。ミステリータッチの物語をシリーズで書こうとしたときに、美術と結びつけたらどうつながるだろうかと考えたら、ミステリアスな要素として「呪いの絵画」というのは使えそうだと思ったんです。とはいえ、特に絵画や美術史に専門的な知識があったというわけではなかったので、そこからたくさん資料を集めて調べていきました。
――ヒロインの千景の研究分野であり、推理の鍵となっている「図像術」という学問は、谷さんが創作された架空のものですよね? 「図像学」なら実際の西洋美術史の分野にあるものですが。
はい、「図像術」はまったくの私の創作です。呪いの絵画というものをホラー的なものや心霊的な呪いではなくて、きちんとした理屈のある世界にしたいなと思ったんです。図像学というのは西洋美術のルールとして、たとえばキリスト教の聖書に出てくるものやモチーフを描くときに象徴するアイテムや描き方があるということを体系化した学問です。美術における呪いをテーマに書くにあたって一種の技術的なものとしての図像学を使えたら面白いかなと思って、組み合わせてみたら「図像術」という形になりました。
──絵画をめぐっての謎解きですが、ルネッサンスからバロック期あたりまでの実在の画家の作品が主に使われていますね。現在の日本で生活している登場人物たちと絵画の世界をつなげてミステリーにしていくにあたって、かなり技術的に凝ったつくり方が必要になってきたと思いますが、謎解きのつくり方ではどのような工夫をされましたか。
ミステリーの謎の要素というのは、いつも最初に何か不可解な事件が起こるところから始まるものだと思います。まずその不可解な事件に何らかの形で絵画を絡めていくこと、そこから犯人が誰かとか、何が起こっていくのかを推理していくうちに、自然にストーリーが流れていくような形になりましたね。作品に関しては、象徴的な図像がよく使われていた時代のものを取り上げたら面白いかなと思って、15世紀から17世紀くらいまでの絵画を色々調べながら決めていきました。
――絵画をめぐるミステリーということで、現代における絵画というものの特殊性がクローズアップされてきますね。歴史的な意味を持っていて高額で取引されるものですし。美術館や画集の中にだけあるものではない感じがします。
2巻(『異人館画廊 贋作師とまぼろしの絵』)に出てくる偽物を商売にしている画商や、異なるタッチの画家の偽物を幅広く描ける技術を持った人がいるというエピソードは、実際にそういう人がいたという話を資料で読みました。調べていくとすごく面白い世界だと思いますね。シリーズを書いている途中で、突然有名な画家の絵が発見されたことがニュースになったこともあったんですが、絵画のことを考えているのでつい興味を持って見てしまいました。美術館に飾られているだけではない、世の中に翻弄される絵画の話も、面白く取り入れていければと思いました。
――今回で第一部完結ということですが、シリーズの展開としてもともと計画されていたものなんでしょうか?
毎回その巻のことだけに集中して書いていたので、何巻でどうしようというような計画はまったくありませんでした。一作一作、絵画を取り上げることと、キャラクター、特に千景の成長をどう進めるかを考えて、物語を組み立てていく感じでした。たまたま今回、クリスマスがテーマになっていて、千景が一つ大人になるという時点でキャラクターの変化も見えてきたので、一旦ひと区切りつけようと思ったわけですね。
――毎回、大変な事件が起こって忙しいのですが、1巻から7巻までで千景が18歳の一年間のお話なんですよね(笑)。
千景というキャラクターが18歳の少女というのは固まった設定としてあるものですから。1巻と2巻の間に何年という単位で月日が流れてしまうと、多感な時期ということもあり完全にキャラクターが変わってしまいますよね。だから、ちょっとずつ間を空けつつ物語を進めていくように考えました。一年を通してこの時期だからこういうテーマや展開がいいのではないかという、季節的な発想も入れ込みました。夏休みの話もありましたし、今回のクリスマスもそうですけど。18歳の一年間の時間を少しずつ取り上げていけたのがよかったかなと思います。
影のあるヒロインと
チームで動く面白さ
――ヒロインの千景は、18歳にしてスキップでイギリスの大学院で学んだ秀才でありながら、両親の離婚により祖父母に育てられたり、身代金目的で誘拐された過去の記憶を失ったりしているといった少し影のあるキャラクターとなっていますね。
このシリーズの第一弾(『異人館画廊 盗まれた絵と謎を読む少女』)はコバルト文庫で出したこともあり、主人公は少女がいいなと考えたところから始まりました。少女ながら図像術を理解していて、対応していくためには、高度な知識を持ったちょっと特殊な能力のある女の子という設定が必要になってきます。天才的な才能があって大学院で専門的な研究をした少女というのは、日本ではなかなか難しいので、イギリスに留学させてみようという設定が浮かんでくるわけです。また特殊な才能があると、やはりあまり周りになじめなくて悩みも大きいでしょうし、両親の不和や誘拐事件のこともあり日本を離れたくなったという理由づけもあって、だんだん千景のキャラクターができていきました。
――その千景を支える「キューブ」というグループが登場します。美術サークルという名目ですが、老舗画廊の跡取りとして美術界の第一線で働く
キューブのメンバーはそれぞれわかりやすい特技を持っていて、読者からすぐ頭に思い浮かべてもらえるようなキャラクターにしようと考えました。物語の中でそれぞれのキャラクターを事件の解決とリンクさせつつ、この人がこういうことができたらいいな、面白くなるだろうなと、だんだん肉づけしていったという感じですね。メンバーはすごく変な人たちですけど、精神的にはみんな大人なんですよね。突飛なことをしつつも、ちゃんと世間をわかっていてしっかりしている部分を書こうと意識すると意外な面白さがありました。少女である千景の周りを、仲間である大人たちが固めている感じがすごく面白くて書きやすかったです。千景に関しては、主人公として物語を引っ張っていくだけの魅力を書きたいと思う一方で、読者に何か共感してもらうというキャラクターではないので、主人公として一人で動くよりは、チームのみんなで動いて進めていく話にしたかったんです。その分、千景は我が道を行ってもらっていいわけです。
――透磨との関係は単純なカップルではない、失われた記憶の部分の謎や現実でのそりの合わない部分なども含めて絶妙な距離感で描かれていますね。
ヒロインの相手となる男の人は、ヒロインとのバランスで考えていくところがあるので、千景の場合はどういう人だとうまくやっていけるか、物語をうまく運んでいけるキャラクターになるかと考えながら透磨の人物像を作っていきました。透磨は7つ年齢が離れているということもあって要所要所で千景を補助していくのですが、いわゆるカップルではない感じを出したくて、年上の透磨の方が常に千景に敬語で接しているような書き方をしたんです。相手の心に触れられない部分があるゆえの距離感というのが今までにない新鮮な感じで、自分の中では面白いと思って書き進められた気はしますね。
──花咲き乱れる洋館「異人館」という舞台もストーリーに重要な影響を与えているように読めます。舞台は明確に書いていないけれど、洋館のある異国情緒あふれる港町ということで実在の都市を思い浮かべる読者もいるかもしれませんね。
花がたくさん咲いている洋館の中で美味しい紅茶とお菓子をいただくというのは、自分にとって憧れのある、大好きなシチュエーションです。洋館のある異国情緒あふれる港町という意味でのモデルとした街はあるんですけど、現実にある街とよく似ていても私の頭の中にあるイメージで書いていてちょっと違う部分もあるから、あえて地名は書かないようにしました。本文中には周辺の都市や現実にある場所も出てくるんですけれども、その距離感や場所のイメージも含めて、どこか現実にありそうでなさそうな、ここに出てくる登場人物が住んでいるような想像の中の楽しい街を思い浮かべてもらえたらいいなと思います。
明暗のある
クリスマスの表現
――最新刊『異人館画廊 星灯る夜をきみに捧ぐ』はクリスマスの時期のお話になります。ちょうど千景の誕生日はクリスマスなんですね。
物語の流れとして季節がめぐって次はクリスマスの話になるのは自然だと思ったので、クリスマスのテーマにふさわしい聖母子像の絵画を取り上げようと思いつきました。キリストの誕生から一生の物語というのは絵画のモチーフとしてもとてもたくさん描かれているものなので、西洋美術というテーマとしても区切りをつけるのにちょうどいい感じになりそうだと思いました。クリスマスで終えられるのは色々な意味でよかったかなと思います。
――今回取り上げられる絵画はカラヴァッジョの作品です。とても波瀾万丈の人生を送った画家で、作品のイメージも強烈な印象があります。
カラヴァッジョについて調べていて、その波瀾万丈な生涯にすごく引かれたんですけれども、そういう目で絵画を見ると明暗の表現がすごく独特な画家であることがわかります。強烈なイメージはそこからくるのだと思いますが、物語にも明暗というものがすごく影響したと思います。クリスマスで聖母子像というところから、母子の話が出てきますが、カラヴァッジョが短い生涯の中で強い熱意を持って絵を描き続けたという事実にも、物語を引っ張ってもらった部分はあると思います。
――冒頭で千景がアウトサイダー・アートの企画に関わろうとしているシーンがありますね。アウトサイダー・アートはちょっと日陰の存在的な、隠さないといけないことがあるという部分で、今回の事件の鍵となる親子に重なってきますね。
今回もう一つのテーマとしてアウトサイダー・アートに焦点を当ててみたいという思いがありました。アウトサイダー・アートってものすごい情熱だけで描かれた、言ってみれば情熱そのものみたいな絵じゃないですか。感覚的な絵で、決して上手ではないのに、見る人は何かすごい、いいなと思ってしまう。そういう心が動く絵とは何なんだろうとずっと疑問に思っていたんです。図像術というのもある意味、絵を見て動かされるものがあるというところから始まっているんだと思います。千景がアウトサイダー・アートに興味を持ったのは、アウトサイダー・アートには人の根源的な何かがあると感じているからでしょう。もしかしたらこれを新しい研究テーマに考えているんじゃないかというイメージが浮かんだほどです。
──ミステリーとしてシリーズ全体でみると、人と人の関係がひっくり返るような心理的なトリックが多く使われていて、それは今回の親子関係におけるちょっと意外な展開にも当てはまるように思えます。
元々人って一面的なものではないでしょう。いい面もあれば悪い面もあるし、自分で思っているのとはまた違う自分があったりもするわけです。そういった認識のしかた、されかたの違いが、ミステリー的な話の中で意外な結末へ結びつくんだと思っているんです。それは自然に入ってくるもので、ひっくり返してやろうと思ってやっているわけではないんですけれども、書いているうちにキャラクターの意外な面が見えてきてだんだん話が運んでいくようなところがあります。
──千景は失った記憶を取り戻したところから、透磨との関係を見つめ直して、この事件を解決して年齢を一つ重ねることになります。悩みや欠落感を抱えた18歳の大人になり切れていない部分も、千景の魅力として一つ提示できたという感じでしょうか。
18歳って、大人のようでまだ微妙な時期だと思います。特に千景は能力的には大人顔負けの部分もあるし、昔から子どもっぽくないキャラクターではあるんだけれども、やっぱり少し幼い部分もあったので、この一年間を描けたのはすごくよかったと思います。事件を考えてキャラクターを動かしていくうちに、千景の心に自然に変化が出てきたのは、自分でも意外な部分もありつつ、楽しんで書けたと思います。千景が記憶を失っていたというのは自分を守るためでもあったわけですけれども、この一年間で自分を守らなければいけないところからは脱却できたんじゃないかなと思います。
──終わり方に関しては読んでのお楽しみですが、単純なハッピーエンドのゴールがあってそこにたどり着いておしまいという感じにはあえてしないスタイルは『思い出のとき修理します』シリーズに通じる谷さんならではの書き方ですよね。
いずれにしろ、ゴールのない関係なんだと思います。そんな中で千景と透磨がどんな選択をするか、彼らの絆をどう感じるか、ぜひ読んで確かめていただきたいです。このクリスマスで千景は19歳になったんですけど、さらに20代になり、大人になった千景と透磨がキューブのみんなとともに活動していく未来も想像できるんじゃないかと思います。
──最後に、読者へのメッセージをお願いします。
このシリーズを読んで美術に興味を持ってくださった人もいると思いますが、他にもキャラクターや舞台、事件の背景など、いろんなところに楽しみを見いだしていただけたらすごくうれしいなと思います。18歳の一年間が終わったことで、千景は少女としての区切りがつきました。これで一旦シリーズは完結するんですけど、今後キューブのメンバーのことをまた思い出していただくことがあれば幸いです。もし私の中でもまた思い出すタイミングと合えば、新しい形でキューブのメンバーと読者の皆さんをつなぐことができるかもしれないです。どんな形でも記憶にとどめてもらえたらうれしいなと思います。
谷 瑞恵
たに・みずえ●作家。
1967年三重県生まれ。『パラダイス ルネッサンス』で1997年度ロマン大賞佳作入選。著書に『伯爵と妖精』シリーズ、『思い出のとき修理します』シリーズ、『拝啓 彼方からあなたへ』『木もれ日を縫う』『額を紡ぐひと』『めぐり逢いサンドイッチ』『神さまのいうとおり』『あかずの扉の鍵貸します』等多数。