[対談]
村松哲文×和田彩花
背景の世界や歴史を知れることが、
仏像鑑賞の醍醐味です!
この度、集英社新書から発売された『仏像鑑賞入門』は、仏像研究の専門家である村松哲文さんが、奈良時代から江戸時代まで、仏像の見るべきポイントを時代背景とともにわかりやすく解説した一冊です。本書刊行にあたり、アイドル活動の傍ら、大学院でも西洋美術を学んだ、「あやちょ」こと和田彩花さんをお迎えし、仏像鑑賞の面白さについて村松さんと語っていただきました。お二人はNHK Eテレの番組「趣味どきっ! アイドルと巡る仏像の世界」で共演した間柄。フランスに滞在中の和田さんと繋いだZoom対談は終始和やかに進みます。
構成=浅野恵子
©YU-Mエンターテインメント
高校時代、仏像の単語帳を
つくっていました
村松 和田さんとはNHKの番組で二十箇所以上のお寺を一緒に回って、「アイドル界随一の仏像好き」と承知しています。どんなきっかけで仏像が好きになったのですか?
和田 高校時代、西洋美術に興味をもって自分なりに勉強を始めたのですが、日本の美術も知りたくて、まず仏像を学んだんです。幼い頃からお寺が身近だったのに、私はそれまで仏像についてよく知らなかったので、「仏像単語帳」をつくってみました。仏像の切り抜き写真をノートに貼って、名前や種類、所蔵先などを書いたものを毎日見ているうちに、ある日気づいたんです。仏像の顔はみんな違うし、種類によって姿や持ち物も違うんだって。それから実際に見に行くようになって、仏像への興味が深まりました。
村松 素晴らしい! 自分なりの教科書をつくるなんて、理想的な学び方ですね。授業で学生に「あやちょ式」の仏像単語帳を勧めます。
和田 いえいえ、私は村松先生の本を読ませていただいて、今も学んでいる途中です。本の行間から「仏像が大好き」という先生の思いが伝わってきて、私と同じ気持ちだ、ってうれしくなりました。多くの仏像本は日本の仏像だけを紹介していますが、先生の本では源流を辿って、韓国、中国、インドまで仏像の旅が楽しめますね。
村松 和田さんに喜んでいただけて光栄です。
和田 村松先生はどんなきっかけで、仏像の専門家になられたのですか?
村松 家族旅行で子供の頃から奈良や京都のお寺を巡ったり、博物館で仏像を見ているうちに好きになったんです。歴史も好きだったので、高校時代まで社会科の教師になろうと思っていたのですが、大学で仏像の奥深さにハマってしまいました。和田さんがおっしゃったように、日本の仏像はどこから来たのか、源流を辿るために文献を読んだり仏像旅をするうち抜けられなくなって、今に至ります(笑)。
和田 私も高校時代、仏像の専門書を読んでみたのですが、用語や解説がむずかしくてたいてい途中でやめていたんです。村松先生の本は、そのむずかしい部分をかみ砕いて説明してくださるので、新しい発見がたくさんありました。この本を、高校時代の私にプレゼントしたいです。
村松 最高の褒め言葉、ありがとうございます! 実際、高校生に読んでもらって仏像ファンを増やしたいな、という思いで書きました。日本の仏像を見て、それがどこの影響なのかと考えていくと、朝鮮半島とか中国だとわかる。日本の最初期の仏像は、渡来人がつくっていたんです。では韓国や中国の仏像はどこの影響を受けたかと辿っていくと、シルクロードを経てインドまで行き着くんです。
和田 学生時代から、実際にアジアの仏像を訪ねて旅をしていらしたんですね。
村松 はい、仏像の源流を探っていくと、歴史の繋がり、文化の広がりも見えてくるのでやめられない。和田さんもご存じのように、世界で最初の仏像は、古代インド北西部のガンダーラ地方でつくられたガンダーラ仏と言われています。ところがそのガンダーラ仏を見ると、インド人でも東洋人でもなく、西洋人の顔をしているんです。
和田 そうなんですよね! 私もガンダーラ仏が西洋人の顔だというのは以前から認識していたんですが、それがなぜなのか考えてみると不思議ですよね。
村松 そう、仏像は身近な存在なのに、案外知られていないことが多いんです。ガンダーラ仏がつくられるまで、インドでは仏教の開祖であるお釈迦様の像はつくられていませんでした。ガンダーラ地方に来ていた西洋人、特にギリシャ系の人々が、インドで普及していた仏教の開祖像をつくり始めたと言われています。当時の西洋では、ギリシャ風の彫刻が盛んにつくられていたので、最初期の仏像はその影響を受けているんですね。
和田 そういう歴史がわかると、ガンダーラの仏像を見たくなります。
村松 和田さんが今滞在していらっしゃるフランスで見られますよ。パリにあるギメ東洋美術館は東洋美術専門で、ガンダーラ仏が展示されているんです。
和田 えっ、本当ですか。絶対見に行きます!
仏像の見方、好みは
年齢によって変化する
村松 仏像鑑賞のポイントはいろいろありますが、本の中では六点紹介しました。①自分の好きな仏像を見つける。②仏像を見るだけで種類や制作年代がわかるようになる。③日本の歴史と仏教、仏像の関係がわかるようになる。④古代日本とアジア諸国の関係がわかるようになる。⑤自分だけの鑑賞ポイントをもてるようになる。⑥有名な像だけでなく近所のお寺の仏像も楽しめるようになる。さて、和田さんが大切にしている鑑賞ポイントはどれでしょう?
和田 やっぱり自分の好きな仏像を見つけることです。好きな仏像って年齢によって変わりますよね。私の場合、高校時代は一目見て美しい像が好きでした。たとえば広隆寺の
村松 へえ~、そこが知りたい。大学時代に好きになった仏像とは?
和田 運慶がつくった仏像です。それまでは漠然ときれいな仏像に興味があったんですが、現実の人間に近い像に惹かれるようになりました。仏師の創造性が感じられる仏像と言えばいいかな。そのなかでも運慶が好きになりました。卓越した技術を備えた職人でありながら、アーティストでもある、そんなところに魅力を感じて。自分が人生を少しずつ歩んでいくことで、見方が変わったり、新たな疑問を追いかけたくなったのでしょうね。そんなところも、仏像を見る楽しさだと思います。
村松 確かに仏像という一つのものを追いかけていく過程で、自分自身の物の見方、考え方の変化に気づくことがありますね。和田さんがおっしゃるように、それが好きなものを極めていく楽しさだと私も思います。
和田 そうですね。最近は、どういう素材でどうやってつくったのか、というところにも興味があって、想像をふくらませながらじっくり見ています。木造の仏像ならば堅い素材を彫る技術に感動したり、粘土の像なら素材がやわらかいので微妙な表現ができたのかな、この滑らかな質感もいいな、とか。
村松 さすが、仏像を見慣れていらっしゃる。興味をもった仏像に近づいていくと、仏像の素材や製法、年代もわかるので、造像を依頼した人の願いや、仏師の思い、拝観した当時の人たちなど、いろいろ想像できますね。私の場合は想像を超えて妄想がふくらみすぎて、一時間以上見ていたりしますけど(笑)。
和田 でも、お寺の中の仏像って、ほとんど暗い場所に安置されているじゃないですか。ライトも当たっていないですよね。だから私は企画展や特別展など博物館で仏像が展示されるとき、よく見に行きます。お寺では正面からしか拝観できない仏像が、四角いガラスケースの中に入って、全方向から鑑賞できたりしますから。とくに最近は光が反射しないガラスを使う博物館が増えたので、はっきり見えますね。
村松 光を反射しないガラスが普及したせいかどうかわかりませんが、「近頃展示ガラスにぶつかる人が増えている」と聞きました。
和田 あっ、それ私です! ガラスがきれいすぎてぐんぐん近づいてしまうので、最後は顔がガラスにゴンッと(笑)。
村松 ええ~、和田さんもその一人でしたか! でも、展示ガラスに顔をぶつけても防犯ベルは鳴らないから大丈夫。私の場合はお寺に安置されている仏像に近づきすぎて触ってしまい、何度か防犯ベルを鳴らしたことがあります(笑)。
和田 仏像鑑賞に慣れていない友だちと博物館や美術館に行くと、友だちはみんなちょっと緊張するんです。仏像に近づくのは勇気がいるらしくて。あ、でも私も最初は怖かったですね。仏像を見始めた頃、一人で京都の醍醐寺に行って霊宝館に入ったら、誰もいなくて数秒で出てきました。不動明王と一人で向き合うのが怖くて。
村松 醍醐寺の霊宝館は
和田 はい。でも私がすぐ出てきたので受付のおばさまが「どうしたの?」と聞いてくださって、ご親切に一緒に回ってくださったんです。今は友だちに「怖くないからもっと近づきなよ。近くで見ると好きな仏像が見つかるかもしれないよ」なんて言っていますけれど、私にもそんな初心者時代がありました(笑)。
村松 「もう一歩前で見る」は、仏像鑑賞の大事な前提ですね。
和田 そうですね、ガラスと防犯ベルに注意しながら(笑)。
歴史の積み重ねの上に
今の自分がいる
村松 今日お話しして、和田さんが本当に仏像をお好きなのが改めてわかりました。でも大学では、西洋美術を専門に選ばれたんですね。
和田 そうなんです。私が最初に好きになったのはマネの絵なんですが、近代と前近代の狭間に生きたマネの実像や作品が、いくら勉強してもしっかりつかみきれなくて、そのまま今も追い続けているんです。
村松 和田さんも、好きになったものはどこまでも追いかけていくタイプですね。「西洋美術は専門、仏像は趣味」といつかおっしゃっていましたが、専門と趣味の違いって、どうとらえていますか?
和田 自分が専門に選んだことに対しては、文献も読み込んでその歴史的、文化的な背景も調べますが、趣味は「これが好き」ということだけで、その背後にあるものまでは調べていない、ということですかね。だから、仏像は大好きだけれど、あくまで趣味なので、自分が知らないことは軽々しく語ってはいけないと自覚しています。
村松 いやいや、和田さんは仏像に関してももうずいぶん知識をおもちですよ。専門とか趣味とかの区分けを越えて、西洋美術と仏像、両方を堪能していらっしゃるのではないですか。
和田 はい、それはありますね。共通して面白いところは、世界を知れる、歴史を知れるということなのかなと思っています。西洋絵画を見ていても仏像を見ていても、歴史を感じます。普段は「自分が生きている今」ばかりを意識していますが、昔の人が残してくれた絵画や仏像を見ると、自分は人類の歴史の延長線上に今ここにいる、と認識できるんです。さらに言えば、では自分はこれからどうやって生きていくべきか、みたいなことも考えられる。その時間や感覚が私は好きですし、絵画や仏像を含めた芸術作品と相対する醍醐味なのかな、と思います。
村松 目の前にある形、表現だけじゃなくて、その背景にあるいろいろなものを酌み取っていくということですよね。まさしくそれが、美術、芸術作品鑑賞の醍醐味だと、私も思います。やっぱり和田さんは西洋美術を専門にしているだけあって、すべてに模範的な回答をなさいますね。
和田 えっ、模範回答ですか? うれしいけれど、ちょっとつまらないかも。もっと自分なりの個性が出る回答がしたかったんですが。
村松 仏像に熱中してガラスにぶつかる和田さんは、充分個性的です(笑)。ところで仏像をごく間近で見るとき、仏像からも見られていると感じることはありませんか?
和田 あります! というか、村松先生とテレビ番組の取材で京都の
村松 私もそう思っているんです。自分が生きてきたのはたかだか五十数年ですが、仏像は千年、千何百年という歳月にわたって存在し続けている。その前に立つと、ちっぽけな自分のすべてを見透かされてしまう気がします。
和田 わかります。私もお面をつけた瞬間、仏像の前に立っている自分を外側から眺めた気がして、背筋が伸びました。
村松 仏像を研究している私はなおさらです。長い年月、さまざまな願いや思いを込めて目の前にやってきた何万、何十万の人と向き合ってきた仏像から、常に自分の生き方を問われている気がします。
和田 そうですよね。今度日本に帰ったら、仏像の見方、接し方がまた少し変わるかもしれないです。
村松 帰国したら真っ先に見たい仏像はありますか?
和田 仏像もいろいろ見たいですが、先生の本を読んで、お金が埋められていた法隆寺の
村松 熱心に読んでいただいてうれしいです。木造のお寺が怖いのは火事による建物や仏像の焼失なので、かつては地面を掘って再建のためのお金を隠しておいた。それが伏蔵で各地のお寺にあったらしいんですが、法隆寺さんぐらいしか見つかっていないんです。
和田 そういうガイドブックには書いていないようなお話が先生の本にはたくさん出てくるので、その個所に線を引きながら読んで、今度訪ねたいと思っています。村松先生の授業も、一般向けのものがあったら出席したいです。先生はテレビ番組のロケ中、カメラが回っていなくてもずっとダジャレを交えながら解説してくださいましたよね。それが面白くてためになったので、大学の授業もきっとそうだろうなと思って。
村松 ぜひ、いらしてください。でも教室中の目が和田さんに向いて、授業にならないかも(笑)。今日はずいぶん和田さんに本のPRをしていただきました。ありがとうございます。フランスでの勉強の成果、期待しています。
和田 こちらこそ、ありがとうございました。楽しい時間でした。
村松哲文
むらまつ・てつふみ●駒澤大学仏教学部教授、禅文化歴史博物館館長。
1967年東京都生まれ。専攻は仏教美術史。中国を中心とした仏教文化圏の美術史を研究している。他に、早稲田大学エクステンションセンターの講師等も務める。著書に『すぐわかる東洋の美術』(共著)『かわいい、キレイ、かっこいい たのしい仏像のみかた』(監修)『アイドルと旅する仏像の世界』(和田彩花との共著)等。
©YU-Mエンターテインメント
和田彩花
わだ・あやか●アイドル。
1994年生まれ。群馬県出身。2009年アイドルグループ「スマイレージ」(後に「アンジュルム」に改名)の初期メンバーに選出。リーダーに就任。10年にメジャーデビュー。同年「第52回日本レコード大賞」最優秀新人賞を受賞。19年、アンジュルム、およびHello! Projectを卒業。アイドル活動を続ける傍ら、大学院でも学んだ美術にも強い関心を寄せる。