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集英社文庫<ナツイチ>読みどころを
書評家、永江朗さんが解説!

[書評]

〈ナツイチ〉読みどころ
永江 朗

 今年のナツイチ、わたしの個人的な推し作品をご紹介します。
 まずは今年WOWOWで連続ドラマ化される『早朝始発の殺風景』。青崎有吾による短編集です。表題作は5時35分発の始発電車に男子高校生の加藤木かとうぎが乗るところから始まります。ガラガラの車両にひとりだけ乗客がいる。同じ高校に通う女子の殺風景さつぷうけい(これが苗字!)です。校門が開くのは7時半。お互い、なぜこんなに早い電車に乗るのか、理由の探り合いが始まります。ドラマでは加藤木を奥平大兼が、殺風景を山田杏奈が演じます。
 ふたりとも始発電車に乗る理由を素直に明かしません。言葉や行動の断片から推理していく。この謎解きがみごと。さすがエラリー・クイーンにも比せられる青崎有吾。青春ミステリーの傑作です。殺風景が加藤木に「ワイシャツの首の裏側、見せて」といい、自分も髪をかき上げて首の後ろを見せるところなんか、ちょっとドキドキします。
 続いて、東宝系で8月にロードショー公開される『アキラとあきら』(上・下)。原作は池井戸潤による同名小説です。上下合わせて700ページ超の長編ですが、一気読み間違いなしのおもしろさ。
 主人公は山崎瑛と階堂彬。瑛は小さな町工場の息子で、彬は大手海運会社の御曹司です。どちらも〝社長の息子〞ですが、境遇はまったく違います。瑛は零細企業経営者の厳しい状況を身にしみて知っています。お金がなくても夢を実現するにはどうするか。一方、お金持ちだからといってハッピーだとは限らない。彬もまた自分の意志で道を切り開こうとします。映画では山崎瑛を竹内涼真が、階堂彬を横浜流星が演じます。
 瑛と彬は同じ銀行に入行します。池井戸潤お得意のバンカー・ドラマが展開。ふたりはよきライバルとして銀行内で競っていくのかと思いきや大きな番狂わせが。なんと彬の実家の会社が危機に陥るんですね。実家を継ぐことを決意する彬。ここでふたりの道は分かれてしまうかに見えるのですが、こんどは融資する側と融資を受ける側として関係が続きます。青春&ビジネス小説の傑作。
 映像化作品の3作目は島本理生『よだかの片想い』。松井玲奈主演で映画化。9月に全国公開されます。「よだか」は宮沢賢治の『よだかの星』から。いじめられていた夜鷹が星になる悲しいお話。わたしも小学生のときに読みました。
 主人公のアイコは理系の大学院生、24歳。顔に大きなアザがあるため、あまり積極的ではありません。恋や遊びは自分に無縁のものと考え、ひたすら研究一筋。ところがノンフィクション本の取材を受けたことからアイコの人生が変わります。本が映画化されることになり、アイコは監督の飛坂と出会い、恋に落ちます。でも飛坂は女性関係が絶えないようで、アイコの心は大きく揺れます。
 以下、ナツイチのリスト(本誌22~23ページ)からジャンル別に推し作品をご紹介します。
〈心ふるえる本〉では綿矢りさ『のみのままで』(上・下)が女性同士の恋愛を描いた傑作。本誌にインタビューが掲載されていますので、そちらを(わたしとしては、強く、強く、強く推します)。
 村山由佳『てのひらの未来』は「おいコー」こと「おいしいコーヒーのいれ方」シリーズの最新刊。というか1994年に『キスまでの距離』で始まり、2020年の『ありふれた祈り』で完結したこの物語のもう一つのお話です。勝利がオーストラリアでとんでもないことになってしまい、かれんは激しく動揺して……。「おいコー」の登場人物たちに再び会えるこの喜び。
〈ワクワクする本〉は話題作てんこ盛り。
 感心したのは朝井リョウの『発注いただきました!』です。世の中には「タイアップ企画」というものがあります。企業や団体などの広告としてつくられます。お金を出すのは広告主で、いろいろ注文がつきます。作品に商品を登場させてほしいとか、その商品のイメージがよくなるように表現してほしいとか。
発注いただきました!』には、そうしたタイアップ作品を中心に、いろいろ条件を与えられて書いた作品が集められています。発注主は森永製菓やJRA、朝日新聞や資生堂。アサヒビールとサッポロビールもある。
 ただ集めただけじゃありません。発注内容と著者自身の感想も。たとえばJRAの発注内容には「過去のレースから導かれたテーマを、人間ドラマに置き換えた物語の執筆」など要望が並んでいる。これを1000~1200字の小説にするというのだから難問です。完成したのが『その横顔』という作品。著者は競馬の経験も知識もなかったそうです。なお、執筆後、初めて競馬場に連れて行ってもらって、そこで俳優の高橋克典一家を目撃したのだとか。文庫版には単行本未収録作品も入りますので、単行本で読んだという方も必読ですね。
ナポレオン 1 台頭篇』はすごいですよ。作者は西洋史を題材に小説を書かせたらこれ以上の人はいない、という佐藤賢一です。ナポレオン生誕250周年に全3巻で出た本の第1巻が文庫で登場しました。
 第1巻は、コルシカ島の貧乏貴族の次男として生まれたナポレオンが、パリの陸軍士官学校を出て軍人になる。時代はフランス革命のまっただ中。フランス共和国軍の砲兵指揮官として才能を発揮し、革命の大スター、ロベスピエールらとも知り合います。ところがクーデターが起きて……。この本を読んで、わたしはナポレオンについてのイメージが変わりました。「はったりの多いうさんくさい男」だと思っていたのですが、頭もよくて努力家。はじめのほうに彼の猛勉強ぶりが出てきます。
まいんち ゆずマン』は「ゆず」の北川悠仁による4コマ漫画+α。フルーツ幼稚園あまずっぱ組のゆずマン(5歳)の明るく正しい幼児生活を描く。ゆずマンは世界の平和をまもる正義の味方。読む人の心が平和になること間違いなし。作者のロングインタビューや尾田栄一郎・秋本治との対談2本も収録。
「かわいい」は便利なことばです。でも、そもそも「かわいい」とはなにか。益田ミリ『かわいい見聞録』は「かわいい」についてあらためてじっくり考え、身の回りの「かわいい」を再発見するコミック&エッセイです。軽いようでけっこう深い。
 誰もいない学校は怖い。『短編アンソロジー 学校の怪談』は櫛木理宇はじめ6人の作家による短編集。SNS、摂食障害、イジメなど、怪談には現代の若者の悩みが詰まっています。
〈ハラハラする本〉のイチ推しは新庄耕の『地面師たち』です。「地面師」とは土地取引にからむ詐欺師のこと。土地所有者になりすました売り手が買い手から大金をだまし取ります。新庄耕のこの小説は、2017年に起きた「積水ハウス地面師詐欺事件」をモデルにした作品。犯人側の準備周到なことに驚きます。企画立案者や売り手役の人材を探す担当者、売り手側の不動産屋や司法書士を演じる者など、何人ものチームで詐欺を働きます。
 詐欺の手口の鮮やかさもさることながら、騙される側の事情を書き込んだところがいい。社内事情や家庭の事情など、判断を狂わせるものがあるんです。主人公の拓海は犯人グループのひとりですが、彼自身がかつて詐欺の被害者だったという人物造形もうまい。
 逢坂剛『百舌もず落とし』(上・下)は「MOZU」シリーズの完結編。単行本刊行は19年です。第1弾となる『百舌の叫ぶ夜』の単行本刊行が1986年、エピソード0ともいうべき『裏切りの日日』は1981年刊ですから、40年近く書き継がれてきたことになります。
百舌落とし』は引退した政治家、茂田井もたいが殺されるところから始まります。しかも死体は両目のまぶたの上下を縫い合わされている。殺し屋百舌の手口です。すでに現役を退いている茂田井を殺す目的は何なのか。警視庁を辞めて探偵となった大杉、彼の娘で警官のめぐみ、警視庁監察官から公共安全局に出向中の倉木美希が百舌に挑みます。
 圧巻は茂田井の政敵、三重島みえじまの別邸地下室での対決です。たいていのエンタメ小説では主人公は死なないことになっているんですが、逢坂さんは人気のある登場人物も容赦なく殺しちゃいますからね。最後の最後まで気を抜けません。
〈じっくり浸る本〉では、まず金原ひとみ『アタラクシア』を推しましょう。翻訳家の由依、シェフの瑛人、パティシエの英美、作家の桂、編集者の真奈美。アラサー、アラフォーの彼らは、他人から見ると恵まれた生活をしています。美しく、それなりの収入や名声もある。だけど満たされない。由依は不倫をやめられない。英美はいつもイライラしている。桂は空虚さを抱えている。こうすれば幸せになれると信じて走ってきたのに、もしかしたらルートを間違えていたかも、と彼らは自分のいま・ここを疑い、確信を持てなくなっています。状況はまったく違うけど心情は同じ、という読者も多いのではないでしょうか。渡辺淳一文学賞受賞作。
 中国出身で世界的アーティストの蔡國強ツアイグオチヤン。福島県いわきの実業家、志賀忠重。川内有緒『空をゆく巨人』はふたりの友情を描きます。いや、友情なんていう単純なことばでは表現できません。ポイントは志賀がコレクターでも美術愛好家でもないこと。でも偶然出会ったまだ無名の蔡に関心を持ち、蔡のアートプロジェクトを支援し、参加するようになります。アートというものの力を感じます。
 美輪明宏『乙女の教室』。乙女とは「おつな女」、つまり「いい女」のことだと美輪明宏はいいます。「心をこめて挨拶をしましょう」「恥ずかしいことはやめましょう」「毎日を上手に反省しましょう」「恋上手になりましょう」など、24の課題と秘訣を紹介。著者へのQ&Aや「美輪語辞典」もついてます。カバンの中に入れておくべし。プレゼントにもいいかも。
 江國香織『彼女たちの場合は』(上・下)は愉快なロードノベル。14歳の礼那と17歳の逸佳、いとこ同士の女の子ふたりが、アメリカ大陸横断の旅に出ます。親たちには内緒で。大冒険! ひとつ仕掛けがあります。アメリカ暮らしの長い礼那は英語に不自由しないけれど、日本から来たばかりの逸佳の英語はまだまだ。現地の人々とのコミュニケーションについては礼那がリードします。さあ、ふたりはどんな旅をするのでしょう。
 最後にどうしても推しておきたいのが『琉球建国記』です。沖縄は近代まで王朝を持ち、独自の文化を築いてきました。矢野隆のこの小説は15世紀、琉球王国の黎明期を描いた書き下ろし歴史長編。悪を倒し、活発な交易で人々に富をもたらす阿麻和利あまわりたちと、彼らに脅威を感じる国王・尚泰久しようたいきゆうおよび側近の金丸かなまる。陰謀と動乱の幕開けです。

永江 朗

ながえ・あきら●書評家

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