[本を読む]
ロシアの隠蔽は
「対岸の火事」ではない
ロシアによるウクライナ侵攻の4日目。ウクライナ国連大使が国連総会で読み上げた、戦死した若いロシア兵のメールが忘れられない。クリミアでの演習と聞かされていた母親に、兵士は「演習はしていない。本当の戦争が起きている。怖い」と訴えていた。
「演習だと思っていた」。そんなロシア兵捕虜の証言動画はほかにも複数、ネットで流れている。無論、ウクライナ側の情報戦の可能性もある。だが、ロシアは一貫して侵攻を「特別軍事活動」と表現し、「侵攻」「戦争」と報じたメディアを罰するため刑法も改正した。語るに落ちるとはこのことで、前線のロシア兵も国民も多くは事実を知らされていないのだろう。兄弟国への侵略とわかれば士気は低下し、世論も反発する。プーチン大統領にとって非常に不都合なのだ。
ロシアに限ったことかといえば、違う。本書が明らかにするのは「国家にとって不都合な情報は隠され、国民には知らされない」という普遍的な事実であり、日本も例外ではないということだ。
PKO協力法の成立・施行から今年で30年。これまでのべ約6万人以上、PKO関連では1万人以上の自衛隊員が海外に派遣された。著者は2016年7月に南スーダンで起きた大規模な戦闘について、政府が「散発的な発砲事案」と発表したことに違和感を抱く。派遣部隊が作成した日報の情報開示請求に対し、防衛省は「既に廃棄した」と不開示処分を出すがその後、日報が廃棄されず残っていたことが判明。稲田朋美防衛相をはじめ、当時の防衛省幹部が引責辞任に追い込まれた。鮮やかな調査報道だが、成果はこれだけではない。不開示とされた南スーダン以前の報告書計4万3千件の存在も明らかにした。
著者はいう。「公文書の『隠蔽』とともに政府は、海外派遣先の治安状況や自衛官のリスクを正確に国民に説明することを避けてきた」。そのツケを誰が負担するのか考えてみて欲しい。「戦闘がない」地域に派遣される自衛官とその家族は事情を知らされず、世論も「安全だから」と賛同する。だが、現地で初めて事実を知る――。そうなっては手遅れなのだ。若いロシア兵の「悲劇」は対岸の火事ではない。今こそ読んで欲しい。
望月衣塑子
もちづき・いそこ●東京新聞記者