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清水裕貴『花盛りの椅子』を
杉江松恋はどう読んだか。
「生きていた、その記憶を残すものたち」

[本を読む]

生きていた、その記憶を残すものたち

 これは人の記憶にまつわる小説だ。
 清水裕貴『花盛りの椅子』は、古家具を再生して販売する会社に勤める女性・鴻池こうのいけを主人公にした連作集である。清水は二〇一八年に女による女のためのR–18文学賞大賞を獲得してデビューを果たした新鋭だ。受賞作を収めた『ここは夜の水のほとり』(新潮社)は抑制の利いた語りと豊かなイメージとが理想的な形で合致した短篇集で、私は感嘆しながら読んだ。五篇を収めた本書の水準はその前作を軽く上回る。読みながら自分が満たされていくのを感じた。清らかな水が心のひびみこむ。ずっと欲していたものは、これだと思った。
 巻頭に収められた表題作は、鴻池が破損のため三本足になった椅子と出会うことから話が始まる。彼女を雇った社長の森野もりのは、家具が「部屋の中にじっとたたずんで」その「場所の時間を覚えて」いることをいとしいと感じるような人物だ。三本足の椅子は鴻池の前で突如真の顔を剝き出しにし、自分に刻まれた記憶がどのようなものだったかを明らかにする。それによって中断された時間が再び動き出すのである。
 本作に登場する古家具は、時間の破れ目をつなぎ合わせ、奪い取られた過去を現在へと呼び寄せる役目を担う。全篇に天災の話題が織り込まれており、「万祝まいわふすま」では襖の修復が一九二三年の関東大震災の生々しい記憶を呼び覚ます。巻末の「私たちの寝床」は二〇一一年の東日本大震災で津波にさらわれたことのあるベッドの物語だ。鴻池は修復作業を始める前にまず、ベッドに亡くなった人の身許を明らかにするものが無いかを丁寧に改める。
 人が生きれば必ず痕跡が残り、その積み重ねで世界は作られる。連綿と続く時の流れを家具という物に託して表した小説だ。東日本大震災で世界は一度断ち切られた。その痛みとどう向き合ったらいいのか、誰もが戸惑いながら生きてきた。本書の中に、探していた心の置き場所を見つけたような気がする。こうして語ればいいのだ、このように静かに。

杉江松恋

すぎえ・まつこい●書評家、ライター

『花盛りの椅子』

清水裕貴ゆき 著

発売中・単行本

定価 1,980円(税込)

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