[本を読む]
全編にわたって、むせかえるような聖性
ウィリアム・ダルリンプル『9つの人生 現代インドの聖なるものを求めて』。
二〇〇九年に出版された本の翻訳だそうだ。よくぞ翻訳してくれた。
信仰や宗教について関心のある人は必読である。信仰の恐ろしさを垣間見ることができる。
とにかく、全編にわたって、むせかえるような聖性を感じる。そして、それが猥雑で、エロス(生への欲動)にあふれており、実に尊い。いやあ、おそるべし、インド。
本書は、インドやパキスタンにおける各地方特有の信仰が、簡潔な筆致で描かれている。複雑な宗教事情をよくこれほど整理された文脈で書けるものだと感心した。取り上げられているのは、九名の人物とその周辺である。それぞれ、ジャイナ教・ヒンドゥー教・イスラーム・仏教・タントラ・シャーマニズム・アニミズム・芸能・アート・セックスワークなどに関わる人々なのだが、通底しているのは信心・信仰である。いずれ劣らぬ強烈な人物揃いだ。
特に第一章のジャイナ教の尼僧、第六章のチベット僧、第八章の女性タントラ行者などは、本当にすごい。たとえば、第六章の“中国によるチベット侵攻によって、還俗して戦うことを選んだ僧侶”の人生は、仏教の教えの奥深くまで味わうために貴重な事例である。その僧侶は、仏法を守るため、銃をとることを決意する。しかし、結局、中国と戦うことなくインドへと亡命。しかし、今度はインド軍の兵士となるのである。戦いに手を染めてしまった元・僧侶は、その後三十年を経て、再度、出家の道を選ぶ。彼がアングリマーラの伝承を語るところや、中国への憎悪と向き合うところは、胸をうたれる。『
著者はイギリスやインドで人気の作家らしい。本書は、紀行文であり、フィールドワーク報告であり、ノンフィクション小説であり、人間学の本である。ちまたにあふれている宗教の概説書を読むより、本書の読破をお勧めする。
釈徹宗
しゃく・てっしゅう●僧侶、宗教学者